鬼畜系から西野カナへ 90年代サブカル伝説的編集者の変遷と突然の失踪「常軌を逸した世界観」

橋本 未来 橋本 未来

 サブカルチャーの中に、悪趣味で過激な言動を好む“鬼畜系”と呼ばれるジャンルが生まれ、一部で熱狂的な人気を集めた1990年代。“ゴミ漁り”をライフワークと称した村崎百郎をはじめ、“すべて実証済”との触れ込みで薬物に関する情報をまとめた青山正明や、異世界と交信する人々をポップに取り上げた根本敬などが活躍し、出版業界を大きく盛り上げた。

  この“鬼畜系文化”を担った人物の中には、ブーム終焉後に壮絶な人生を歩んでいる者も少なくない。とりわけ、青山正明らと共に、ブームの原点とも言われるムック本『危ない1号』を手掛け、数々の過激な企画を世に送り出した編集者、吉永嘉明もその一人だ。彼は、自分の身に降り掛かったさまざまな出来事を赤裸々に綴り、“鬼畜系文化”の内幕から終わりまでを描いた書籍『自殺されちゃった僕』(2004年/飛鳥新社)を上梓。その後、病を抱えながら文筆業を続け、2014年に突如として消息不明に……。彼は一体、どこにいるのか。そして、その知られざる素顔とは。親しい友人の一人である、美術作家の岡本奇太郎氏に話を聞いた。

 ◆初対面で借金の申し入れをされる

 「当時の吉永さんは、かなり精神的に落ち込んでいた時期で、しゃべったと思ったらずっと黙り込んだり、質問に対する反応が遅かったり。決して、本調子と言えるような状態では無かったですね」

 当時、雑誌の編集者をしていた岡本氏は、『自殺〜』を読んだ後、その後の人生を執筆してもらおうと吉永と対面した。

 「ぼくの依頼に対して、『このような状態ですが、それだけ熱い思いで依頼してくれるなら、できる限りがんばりたい』と承諾してくれました。思ったより前向きで、誌面にイラストを挿れたいという話になると、漫画家のねこぢるさんの旦那さんだった山野さんを紹介してくれるとか、そういう話し合いをしました」

  その話し合いが終わり、駅に向かって歩いている途中、岡本氏は思いもよらない言葉を耳にする。

  「急に吉永さんから『お金を貸してくれませんか?』って。初対面の人にお金を借りるって、いい意味で普通じゃないなって。とりあえず財布に入っていた、5,000円を貸しましたね」

  それ以来、お互いの自宅が近かったこともあり、二人の距離は急激に近くなって、仕事以外でも共に過ごす日々が続いたという。

 ◆鬼畜系編集者の変遷と、突然の失踪

 今回、岡本氏が取材を受けた2つの理由を教えてくれた。

  「ひとつは、あの本を出版して以来、吉永さんが一部でダメ人間みたいなレッテルを貼られていることが心苦しくて。仕事仲間や友人として何年もお付き合いをしましたけど、そんな部分ばかりじゃない。編集者としても一流だったと思うし、アートや音楽に詳しくて、頭もすごくいい人です」

  編集者としての姿勢をはじめ、音楽の聴き方やアートの見方についても薫陶を受けたという岡本氏。

  「特に、コラージュ作品については、本当にすごいなって。吉永さんは、色んな原稿でも書いているように、様々なイリーガルドラッグの体験からか、常軌を逸した世界観で。本人も言ってましたけど、まさに“見るドラッグ”っていう感じの作品でしたね」

  実際その影響から、岡本氏は美術作家へと転身したほどだ。そして、もうひとつの理由は、友人として吉永の所在を知りたいという純粋な思いだ。

  「失踪する直前、めちゃくちゃ元気な時があって、その理由を聞くと『西野カナちゃんに出会って、人生が変わったんだよ』って(笑)。ジャーマントランスをこよなく愛し、鬼畜系を標榜していた人が、50歳を越えて辿り着いたのが西野カナっていうのに驚きましたね。それで、一緒にライブに行こうって約束したんですよ(笑)」

  約束の日、吉永は体調不良となって二人でのライブ鑑賞を延期。それからしばらく経った後、電話は不通となり、自宅からもこつ然と姿を消したという。

  「手当り次第に知人を辿って所在を探しましたが、まったくわかりませんでした。失踪する理由もわからない。だからもし何か知っている方がいれば、ぜひ教えてほしいですね」

  重い精神状態から脱するためにコラージュ制作に打ち込み、一時は一作品10万円以上で売れることもあったという吉永の作品。岡本氏は、再会する日が来たら、「次はどんな作品を作るのか。文章だけじゃなくて、コラージュ作家としても活躍できるようサポートさせてもらって、吉永さんのクリエイティビティを世間の人に見せつけてもらいたいですね」と、友人として熱い言葉を語ってくれた。

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