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大河ドラマ「豊臣兄弟!」豊臣秀吉が茶々(淀殿)に求婚した時に彼女が望んだこととは? 識者語る

濱田 浩一郎 濱田 浩一郎
井上和
井上和

 大河ドラマ「豊臣兄弟!」第39回は「茶々の本心」。豊臣秀吉の側室となる茶々(淀殿)は、戦国動乱の世に生まれて、辛酸を舐めた女性でありました。北近江の武将・浅井長政とお市の方(織田信長の妹)との間に生まれた茶々の最初の悲劇は父の死だと言えるでしょう。

 織田家と浅井家は縁戚でしたが、元亀元年(1570年)に長政が信長を裏切り、天正元年(1573年)には信長に攻められて居城の小谷城で自害してしまうのです。お市の方と3人の娘(茶々・初・江)は城から逃れますが、3姉妹にとって母・お市の方が夫と共に自害しなかったのは救いだったでしょう。

 しかしお市の方にとっては、夫・長政と一緒に死ねずに生き延びたことは「屈辱」だったようです。茶々とその妹たちの2度目の悲劇は天正11年(1583年)4月のこと。母のお市の方は柴田勝家の妻となっていましたが、勝家は賤ヶ岳の戦いで秀吉に敗れ、滅亡してしまいます。

 そればかりか、母・お市の方が勝家と共に自害してしまうのです。お市の方は自ら死を選び、意地を見せたのでした。3姉妹はとうとう実の両親を亡くしてしまったのです。3姉妹は勝家の居城・北ノ庄城から落城寸前に出されていました。3姉妹が落ち延びたことは、秀吉に伝わり、その後、彼女らは秀吉に保護されます。

 お市の方の次女であるお初(常高院)に仕えた女房による覚書「渓心院文」 によると、その後、秀吉は茶々に使者を遣わし、求婚します。それに対し茶々は「このように両親を亡くしてしまって(秀吉を)お頼みしたいとは思いますが・・妹2人を(秀吉の)御指図で然るべき方に嫁がせて頂けるのならば」と、妹2人を嫁がせてくれるのならば秀吉と結婚しても良いと回答するのです。

 秀吉はこの回答に大いに喜び、初を京極高次に嫁がせました(江は秀吉の甥・小吉秀勝に嫁ぎます)。茶々の「両親を亡くしてしまって(秀吉を)お頼みしたい」との想いは本音だったでしょう。茶々の不安な気持ちが伝わってきます。こうして茶々は秀吉の側室となるのですが、茶々は安定した日々をやっと手に入れたとの想いを持っていたかもしれません。

(主要参考文献一覧)

・福田千鶴「淀殿」(ミネルヴァ書房、2007年年)。
・黒田基樹「羽柴家崩壊 茶々と片桐且元の懊悩」(平凡社、2017年)。

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