日本のテレビ特撮史における金字塔「仮面ライダー」(1971年放送開始)で生身のヒーローとして⼈気を博した千葉治郎(77)が本名の前⽥満穂として初の著書となる自伝「千葉治郎 変身しなかった男の物語」(立東舎)を世に出した。FBI特命捜査官・滝和也として、仮面ライダー1号・本郷猛役の藤岡弘、(80)、2号・一文字隼人役の佐々木剛(79)と共演した千葉に撮影の舞台裏などを聞いた。
当初は単独で主役を張った藤岡が第10話の撮影中にバイク事故で重傷を負い、長期離脱を余儀なくされた窮余の策として、一文字役の佐々木と共に登場したのが滝役の千葉だった。怪奇ものの印象もあった序盤の作風から一転、陽性キャラ2人の存在が作品に広がりをもたらした。
社会現象にまでなった佐々木の変身ポーズとともに視聴率も上昇。千葉も街で子どもたちに「変身して」と声をかけられ、「僕は仮面ライダーじゃなくて相棒だから変身できないんだよ」と説明したところ、「今からショッカーに改造してもらえばいい」と返されたこともあったという。
改造人間である仮面ライダーに対し、超人的な力では及ばない人間の滝。だが、世界征服を企む悪の秘密組織「ショッカー」の戦闘員を「約十年、道場に通った」という少林寺拳法で習得した後ろ回し蹴りでなぎ倒した。疲れて劣勢になったところでライダーに助けられ、「人間の限界」も巧みに表現。「私がずっと勝っていたら番組が成り立たないだろうから。仮面ライダーに登場してもらわないと」。高いフェンスもスタントなしで飛び越え、外で待つヒロインに「じゃあね!」とさわやかな笑みを残して敵のアジトに潜入したかと思えば、戦闘員に道を尋ね、教えてもらって「ありがとよ!」と礼を言うコントのような場面も。ひょうひょうと、軽妙洒脱な演技で当時の子どもたちを魅了した。
怪人に「抹殺してやる」と脅され、「てやんでぃ!抹殺されるのはそっちの方だ!」と応酬した名台詞も語り草になっている。威勢のいい江戸弁の背景に、実は落語があった。
「古今亭志ん朝の江戸テンポが大好きなんです。志ん朝の江戸弁は独特のものですよね。あのテンポは天才じゃないですか。なり切っちゃうんです、江戸の商人とか武士とかに。その風景が見えるように演じて話すというのがすごいなぁと。志ん朝師匠、大好きなんですよ」
2001年に惜しまれながら63歳で亡くなった落語界の名人から受けた影響が滝のキャラクターにも反映されたのかと尋ねると、千葉は「そうかもしれないですね」とうなずいた。「この番組(仮面ライダー)をこういうふうに作っていこうという意識は全くなく、ただ、自分を出すしかないと思って、何も考えないでやってましたね。落語もそうなんだけど、江戸テンポがすごく好きだったから」。そう、役作りの背景を明かした。
体を張ったエピソードも忘れられない。
「小鍋に爆薬を仕掛け、その上にセメントを山盛りにして爆破し、すぐカメラに向かって走るんですが、飛び散るセメントで前が見えなくて『カメラどっちだ?』となる。ビニール袋に入れたガソリンを爆発させて火がワーッとなるのも怖い。この2つの爆破を当たり前のようにやってました。あと、沼みたいな水溜で、仮面ライダー(スーツアクター)と一緒に博士役の俳優を助けて泳ぐシーンで、カットがかかると、ライダーは先に上がって、水中に僕と博士役の俳優さんの2人だけが残された。その人が泳げなくて、僕が持ち上げようにも体が重く、5~6メートル先の岸にたどり着かず、溺れかけました。必死でもがいても周囲は冗談だと思ったらしくて助けてくれない。メークの人がとっさに飛び込んで助けてくれたんですが、あれは危なかった。寒い頃だったのに着替えもなくロケバスに濡れたまま乗って風邪をひきました」
千葉は82年の俳優引退後、実業家を経て、故郷の千葉で“木こり”になった。「基本、人前に出るのは苦手」というが、ファンの根強い声もあり、9月には都内で藤岡、佐々木とトークイベントに出演。大盛況となった。
「藤岡さんに『ケガしてくれて、みんな良かったね』みたいな話をジョークも交えて話したんです。私とゴウちゃん(佐々木)は笑いを取らなきゃと思うんだけど、藤岡さんはあのままで真剣に話す。そこがいい。だから今も(芸能界の一線で)ウケている。年長なのに一緒に並んでも彼だけが変わらない。努力されている。あの意識はプロだなと。ゴウちゃんは悪ぶっているキャラを自分で作って、本当は優しいのに、それを見せないで頑張っている。すごいなと。僕にはできない。『田舎のじいさん』でやってますから(笑)」。盟友を立てながら、その絆は揺るぎなかった。