今年3月で卒寿を迎えたタレント・ラジオパーソナリティの毒蝮三太夫(90)が都内で開催された芸人・玉袋筋太郎(59)の「第一回、芸能生活四十周年を祝う会」に“毒”を込めたビデオレターで登場した。両者は今年、初の共著「愛し、愛され。」(KADOKAWA)を世に出した間柄であり、さらに毒蝮の名を冠した演芸イベントで玉袋と共演した歌手・芸人のタブレット純(51)も駆けつけた。それぞれの思いが交わった「祝う会」の様子や同書の対談内容を一部紹介する。(文中敬称略)
6月6日に明治記念館で催された同会に毒蝮の姿はなかった。年齢的なこともあり、体調面も心配されたが、会の序盤、毒蝮は大画面の映像に登場し、元気な挨拶で不安を吹き飛ばした。
毒蝮は欠席の理由について「行きたくねぇ…」と切り出すと、「40周年を祝う会?てっきり、お前のスナック(※東京・赤坂の『スナック玉ちゃん』)にでも集まってやるのかと思っていたら、なに、明治記念館だって!?そこは、皇族の方とか、偉い方がいろいろやったとこでしょう。玉(たま)、お前は、明治記念館でやる顔じゃないよ!!」とツッコミながら、その節目を祝福した。
浅草の毒蝮(本名・石井伊吉)に、新宿の玉袋(同・赤江祐一)。31歳差の2人は東京の盛り場で育った。毒蝮は立川談志に、玉袋はビートたけしに命名された。玉袋は「『毒蝮』に『玉袋』という“被差別芸名”の我々もよく生き抜いてきましたよ」と対談の中で大先輩に胸襟を開き、「長年続けてきた『浅草キッド』が開店休業状態になって、ずっとお世話になっていた事務所からも独立…。無理して『玉袋筋太郎』を演じる必要はないんだと、気が楽になった気がします」と打ち明けた。それに対し、毒蝮は「人生、なすがままでいい」とエールを送った。
「毒舌」についても同書で持論を重ねた。玉袋は「口先だけの優しい言葉と、心からの愛情のこもった乱暴な言葉だったら、絶対に後者のほうが気持ちは伝わる」と指摘し、毒蝮は“悪口”との違いについて「根底に『愛=優しさ』があるか。さらに知性とユーモアも」と定義。玉袋が「俺には優しさも知性もまだまだ足りない」と嘆くと、毒蝮は「50代やそこらで分かってたまるかよ。『点』ではなく『面』を目指せ。そうやって優しさや知性が身につく」と含蓄のある言葉をつないだ。
2人と接点のあるタブレットは会の席上、大沢悠里、鈴木史朗、生島ヒロシといったフリーアナウンサーのモノマネを連発。続いて「ゴッドファーザー 愛のテーマ」に「筋の通った玉袋」といった即興の歌詞を載せて熱唱した。
昨年10月には毒蝮が席亭を務める「マムちゃん寄席」のスペシャル企画「玉さん&タブさん 昭和歌謡60分」と題したイベントを開催。数多くの著書もあるタブレットは当サイトの取材に「玉袋さんとは(昭和)プロレスなどでも共通項があり、ふだんからコアな話をさせていただいています。名前の通り、筋が通って人情のある粋な方。唯一無二の存在だと思います。毒蝮さんには“取材”をさせていただいています」と、昭和歌謡・芸能史の研究家としても深い関心を持って接していることを明かした。
そのタブレットは22日に東京・浅草公会堂でリサイタルを開催。チケットが早々に完売した満員の会場には、玉袋を「祝う会」にも出席したフリーアナウンサー・徳光和夫や放送作家・高田文夫らの姿もあり、毒蝮から贈られた花も飾られていた。
50代の後輩と世代を超えて交流する毒蝮。同書では「食べる、しゃべる、調べる…。この『3つのベル』を意識して暮らすと、認知症の予防になり、幸せな老後への第一歩になる」と提唱し、中でも「調べる」について「スマホで検索するのは『調べる』とは言わない。分からない言葉は辞書を引く。疑問点があることは関連する本を手に取る」と付け加えた。さらに「もうひとつのベルは『トラベル』。遠くに行かなくてもいい。隣町でも知らない道を歩くことで知的好奇心が刺激され、お金もかからず、体力や足腰の許す範囲で楽しめる」と補足。「ジジイもババアも生きた教科書だよ。くたばるのはまだ早いぞ」と呼び掛けた。
90代となった今も好奇心は旺盛。自身のYouTube「マムちゃんねる」ではカブキロックスの氏神一番と対談し、7月5日には都内で開催される「ウルトラマン」の放送60周年とスーツアクターを務めた古谷敏の俳優65周年を記念したイベントに参加予定。石井伊吉として演じたアラシ隊員に戻って、フジ・アキコ隊員役の桜井浩子らと旧交を温める。「どんなに年を取っても、人に会う」。これからもマムシ流の生き方を貫く。