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“犬猿の仲”から雪解け…爆笑問題・太田光が40周年の玉袋筋太郎を祝福 初共演で急接近「映画製作」誓う

北村 泰介 北村 泰介
玉袋筋太郎(左)と番組共演時の秘話を明かす爆笑問題の太田光=東京・明治記念館
玉袋筋太郎(左)と番組共演時の秘話を明かす爆笑問題の太田光=東京・明治記念館

 1990年代に若き“東京漫才”の旗手として台頭した「爆笑問題」(太田光、田中裕二)と「浅草キッド」(水道橋博士、玉袋筋太郎)。そのライバル意識からか、互いに距離を置いた関係が続いていたが、昨年、太田が玉袋の番組で対談したことを機に急接近している。6日に都内で開催された「第一回 玉袋筋太郎 芸能生活四十周年を祝う会」に出席した太田が、その現場で交わした言葉と思いを明かした。

 フリーアナウンサーの草野仁や徳光和夫、放送作家の高田文夫ら芸能・放送業界の“重鎮”たちのトーク後に登場した太田は「俺が野坂昭如だったら殴ってる。挨拶(の順番)が遅い!…という感じで」と、作家の野坂氏が映画監督・大島渚氏と女優・小山明子の結婚30周年パーティー(90年)で挨拶を後回しにされたとして大島監督を殴った逸話を引用した。

 さらに、“由緒正しい会場”であることを踏まえて「『全裸監督』があり得ないと思いますね。時々、ほら貝(※86年の代表作で使用してトレードマークとなった小道具)を吹くんですよ」と、Netflixの同名ドラマのモデルになった村西とおる監督の存在を指摘。「そして、明治記念館の人たちが『玉袋筋太郎』という字を書く時の悔しさ!」とダメを押して、太田の独壇場となった。

 そんな“漫談”で会場を温めた太田は双方の関係について「かつて、我々はほんとに犬猿の仲でしたが、去年、『町中華で飲ろうぜ』(BS―TBS)の収録に呼んでもらった」と切り出した。太田の故郷でもある埼玉県ふじみ野市上福岡の庶民的な店で玉袋と初対談。ややぎこちなくも、せきを切ったように心の内を吐き出し、昨年5月の初回放送時に“神回”と称された収録のことだった。

 太田は「それまではケンカしてきたのが、その時、初めて2人で話をした。会話の最後に『俺は、あんたの映画が観たいんだよ。映画、作ってよ』と玉袋が言ってくれた。それがきっかけで、私、脚本を書き上げました」と明かしつつ、「どこが金を出してくれるか?」とオチを付けて場内を爆笑させた。“ネタ”かとも思わせたが、太田は改めて「玉袋のおかげで、僕は重い腰を上げて映画の脚本を作ったので、ぜひ完成させたいと思っています」と“本気”であることを強調した。

 太田は61歳、玉袋は今月22日で59歳となる。ともに映画マニアとしても知られる2歳違いの同世代。太田は「我々の共通の尊敬するコメディアン、チャップリンが言いました。『時は偉大なる作家だ』と。40周年おめでとうございます」と祝辞。「時」が“雪解け”を促したことに感慨を込め、玉袋も「ありがとう」と応えた。浅草キッドとしての活動については「開店休業状態」と公言。ピン芸人としての活動を継続し、太田との関係も今後さらに築いていきそうな印象を残した。

 その「祝う会」には「第一回」と銘打たれていた。玉袋は詳細な請求書をスクリーンで公開しながら「第二回は秋頃を考えています。その際にはみなさん集まっていただいて、今回の赤字を補填すると。それを何度も繰り返さなければ、今日の赤字を取り返すことができないんです!」と“台所事情”も虚実皮膜の笑いに転化。「来年は『第一回 還暦を祝う会』で(笑)」と最後まで舌好調だった。

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