ボクシングのライト級で日本人初の世界王者になり、引退後はタレント・俳優として活躍したガッツ石松さん(享年76)が今月2日に肺炎のため死去したことが11日、報じられた。2年前の暮れ、当時75歳だったガッツさんに映画やボクシング、そして「老い」と向き合う心境を聞く機会があった。改めて、その言葉を振り返った。
ガッツさんが情熱をぶつけ、名を成した「ボクシング」と「映画」。いずれも、その起点は「1974年」だった。
同年4月、東京・日大講堂。WBC世界ライト級タイトルマッチで王者ロドルフォ・ゴンザレス(メキシコ)を8回KOで倒して王座奪取。わずか2か月後の6月には現役世界王者として異例の俳優デビューを果たした東映映画「極悪拳法」が公開された。ガッツさんは“キックの鬼”沢村忠さん(2021年死去、享年78)とともに、主演の渡瀬恒彦さん(2017年死去、享年72)を支える役で熱演。乱闘シーンでは“本職”の重さが伝わるパンチを披露した。
渡瀬さんとはその後も親交が続いた。ガッツさんが企画・製作総指揮、監督、脚本、主演の映画「カンバック」(90年)に渡瀬さんが友情出演。96年に自民党から衆院選に出馬したガッツさんの応援にも駆けつけた。ガッツさんは「白は白、黒は黒という、私の性格に似てたね。ウマがあった。渡瀬さんもスポーツ(空手)をやっていたから、ボクシングを尊敬してくれた」と亡き盟友を回想した。
そんなガッツさんにとって、「役者」はボクサーの余技ではなかった。米ハリウッド映画の巨匠、スティーブン・スピルバーグ監督とリドリー・スコット監督の作品に出演した日本人俳優でもある。世界的な監督や俳優たちにも一目置かれたのは、群雄割拠のボクシング世界ライト級王座を5度も防衛した実績あってこそだった。
「太陽の帝国」(88年公開)のスピルバーグ監督は、WBC世界同級王者のガッツさんが3度目防衛戦(1975年2月27日、東京体育館)で、同級1位の指名挑戦者ケン・ブキャナン(英国)と繰り広げた激闘を知っていたという。元世界王者のブキャナンを相手に当時の15ラウンドを戦い抜いて判定勝ち。「スピちゃん(スピルバーグ監督)はボクシング好きで、俺がイギリスの名チャンピオンと闘ったことを知ってるわけね。だから、いろんな面で、俺のこと、認めてくれてたよね」。ガッツさんは証言した。
日本から高倉健さん、松田優作さんらが出演したスコット監督の「ブラック・レイン」(89年公開)では、共演したアンディ・ガルシアにサインを求められたという。ボクシングファンのガルシアは、ガッツさんが “石の拳”と称された世界4階級制覇王者ロベルト・デュラン(パナマ)のWBA世界同級王座に敵地で挑み、玉砕した73年の激闘を覚えていた。ガッツさんは「俺が元ボクサーってことで珍しがってくれたというのはあるね。アメリカの映画に出られたことは、いい思い出だよ」と懐かしんだ。
ガッツさんを取材した2024年は、先述の起点・1974年からちょうど50年の節目だった。やせた顔には、ひげが蓄えられ、いい感じで枯れていた。
当時の近況を尋ねると「やる気、その気、元気がなくなった…」とポツリ。「体調は良くもなし、悪くもなし。それで良しとしないとね。酒は飲みたくなりゃ飲むし、飲みたくなければ、一切、飲まない。趣味は強いて言えばゴルフだけど、昔から一緒に回った仲間も減ってきた。ウォーキングも寒い日はやらなくなった。俺くらいの年代になると、みなさんも、そうじゃない?好きなものはやるし、違うな…と思うものはしない」。そう、つむいだ言葉から「達観した自然体」と「芯の強さ」を感じた。
“ご意見番”としても知られたイメージから、現在のボクシング界や芸能界への提言もうかがったが、「昔とは(状況が)違ってるしね。口出しはしない」と一歩引いたスタンスを貫いた。ただ、俳優業には「役者の話があっても、ただの“おじいさん役”だったらしない。年寄りでも家族を守る役とか、いいなと思う役柄で考える」と淡々とした口調で意欲を示した。そんな役柄の演技を最後に見てみたかった。
「昔は借金返すためになんでもやった。映画(製作)は借金になるからね。その頃はイケイケドンドンだったけど、それがまた若さなんじゃないかな。今は無理してガツガツやる必要はない。そう、ガッツ、ガッツしない…。俺はガッツだけど」
喜寿となる77歳の誕生日(6月5日)を目前にして逝った。「幻の右」「ガッツポーズ」「OK牧場!」…。数々の伝説を残し、不世出の男が旅立った。