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大河ドラマ「豊臣兄弟!」松永久秀謀反!処刑寸前に久秀の子供2人が見せた驚くべき態度とは 識者語る

濱田 浩一郎 濱田 浩一郎
竹中直人
竹中直人

 大河ドラマ「豊臣兄弟!」第20回は「本物の平蜘蛛」。同ドラマにおいて松永久秀は竹中直人さんが演じています。天正5年(1577年)8月、松永久秀は突如、織田信長に反旗を翻し、大和国の居城(信貴山城)に立て籠もります。

 「信長公記」(信長の家臣・太田牛一が著した信長の一代記)には、謀反の前、久秀・久通親子は石山本願寺攻めのため、天王寺の付け城(攻撃の拠点として、敵方の近くに築いた城)に入っていたとあります。ところがその付け城を突如、引き払い、久秀は大和の居城に入り、信長に謀反したのです。

 久秀の謀反を知った信長は「どのような事情があるのか。存分に思うところを申せば、望みを叶えてやろう」と言い、使者(宮内卿法印=松井友閑)を久秀のもとに遣わします(「信長公記」)。しかし「逆心」を抱いている久秀は信長の誘いに応じようとしません。そういうことならば仕方がないということで、信長は久秀が差し出していた人質(12歳と13歳の息子2人)を殺すように命じます。

 久秀の年少の息子らは、姿・容貌・心も優しい良い子供だったと言います。その子供らは村井貞勝の都の宿所に留め置かれました。子供たちに対しては「明日は内裏へ行って、助命嘆願しよう」「髪を結い、衣装も美しくして出られるが良いであろう」との言葉がそこでかけられたようです。

 ところが子供たちは「それは尤もなことですが、最早、助命はありますまい」と申したとのこと。大人たちの言葉が気休めでしかないことを久秀の子供らは見抜いていたのです。「親や兄弟に文(手紙)を出してはどうか」との問いには「こうなっては親に文を出しても仕方がないこと」と答え、これまで長く預け置かれていた佐久間与六郎に対し、礼状を書いて送ったのでした。

 宿所を出た子供らは六条河原に向かいます。2人は顔色を変えず、西に向かい小さな手を合わせると、声高に念仏を唱えます。そしてそのまま首を斬られたのでした。見物人はこの「哀れなる有様」を見て、ある人は涙を流し、またある人は肝を潰したとされます。久秀の息子2人はまだ年少にもかかわらず、大人顔負けの立派な態度を見せ、その姿に多くの見物人が涙したのでした。

(主要参考文献一覧)
・池上裕子「織田信長」(吉川弘文館、2012年)
・桐野作人「織田信長」(KADOKAWA、2014年)
・濱田浩一郎「秀吉と秀長 天下統一の軌跡」(内外出版社、2025年)

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