NHK大河ドラマ「豊臣兄弟」第9回は「竹中半兵衛という男」。竹中半兵衛重治と言えば黒田官兵衛と並んで羽柴秀吉の「軍師」として著名な人物です。半兵衛の事績や人物については後世の創作も多いのですが、それでは「太閤記」(江戸時代初期の儒学者・小瀬甫庵が記した秀吉の一代記)には半兵衛はどのように記述されているのでしょうか。まず「竹中」(半兵衛)は美濃国菩提の城主で「安藤伊賀守」(守就。いわゆる美濃三人衆の1人)の婿とあります。
半兵衛は年少(14・15歳)の頃より「武略之智」が人より優れ、何事も凡人には真似できない行動も多く、眼差しも他人とは違ったとのこと。その度量は海のように広く、ズバズバと物を言う方ではなかったが、偶々発した言葉は道理に叶っていたという。半兵衛は小さな義理や利害に拘泥せず、正しい道理に従い、物の順序をよく弁えていたが、彼が二十歳になった頃から傑出した人柄がより明確になってきたと言います。
半兵衛が戦場に赴く際には大人しい馬に乗り「虎御前」という刀を差していたのでした(具足は馬の革の裏を表に出して漆で塗り、浅黄の木綿糸で威したものを着用していた)。浅黄木綿の胴着を羽織って馬上に揺られる半兵衛。その様は雷が左方に落ちても動ぜず、右方から大鹿が飛び出そうとも瞬きをせずといったような沈着さを示していたとのこと。
半兵衛は合戦に関する「工夫」の他は雑事と考えていたので、細かい事には疎く、万事、成り行きに任せていたということです。よって半兵衛が先陣もしくは殿(しんがり)にいると聞けば、兵士は心を安んじたと「太閤記」は記しています。年少の頃より智略が人より優れていたという半兵衛。長じてからはその沈着さが信頼を集めていたことが「太閤記」の逸話からは窺えます。
(主要参考文献一覧)
・桐野作人「織田信長」(KADOKAWA、2014年)
・濱田浩一郎「秀吉と秀長 天下統一の軌跡」(内外出版社、2025年)