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1月10日は稀代のロックスター、D・ボウイの命日 遺作アルバム「★」は「自分の死を作品化」識者が解説

北村 泰介 北村 泰介
日本武道館公演で熱唱するロック界のレジェンド、デヴィッド・ボウイさん。親日家としても知られた(2004年3月8日撮影)
日本武道館公演で熱唱するロック界のレジェンド、デヴィッド・ボウイさん。親日家としても知られた(2004年3月8日撮影)

 不世出のロック・ミュージシャン、デヴィッド・ボウイが1月10日に没後10年の命日を迎える。2016年の同日に肝臓がんのため69歳で死去。その2日前の誕生日には、約半世紀に及ぶキャリアの到達点とも評される傑作アルバム「★」(※読み方は「ブラックスター」)をリリースしていた。節目の年、改めてその足跡や遺作「★」の魅力などについて、ボウイ研究の第一人者として数々の著書がある音楽ジャーナリスト・大久達朗氏に見解を聞いた。

 作品ごとに音楽性やキャラクターを変容させたボウイ。1967年にデビュー・アルバムをリリース以来、20世紀のロック史に残る名盤「ジギー・スターダスト」(72年)、70年代後半に東西冷戦下の西ベルリンを拠点に作成した3部作など、生涯で計28枚のスタジオ・アルバムを製作。日本にも根強いファンがいたが、より知名度が広がったのは、世界的な大ヒット曲「レッツ・ダンス」、坂本龍一やビートたけしらと共演した映画「戦場のメリークリスマス」(大島渚監督)が世に出た83年頃だろう。

 では、ボウイとはどのような存在だったのか?

 大久氏は「ロックというジャンルを体現し、それを上書きし続けた人。ボウイの場合は一定して『ロック=カッコいいこと』だったと思うんです。時代が変われば『ロック』も『カッコいい』の概念も変わるわけで、周りと同じことや同じ姿をしていたのでは既にカッコ良くない。一つの場所に留まることを良しとせず、試行錯誤と挑戦を繰り返した人です」と定義した。

 大久氏は69年生まれ。「デヴィッド・ボウイ」の名を冠した著作として「ジギー・スターダストの神話」「美しきアクター」(ともに22年)、「21世紀の男」(25年)などを出版した。リアルタイムで衝撃を受けた原点は中学生時代に出会った「レッツ・ダンス」。同氏は「“特殊な作品”だという人も多いでしょうけど、キャリア全体を振り返ってもボウイはいつも特殊なことをしていたので違和感はなく、あれもボウイの名作だ、と強く思います。80年代は見知らぬ世界に首を突っ込むことこそが音楽ファンの特権のひとつだった。自分はその勇気を『レッツ・ダンス』から教わったと思います」と振り返った。

 全作を通じて「この1枚」を選ぶとしたら…と問うと、大久氏は「『★』です。彼は常に周囲の期待を大幅に上回るものを提供してきた人。扱うテーマも音楽性も、表現力や音楽の突破力も、過去を大幅に上書きしてきた。『ああ、これがボウイだよな』と強く思いました」と回答した。

 その上で、10年の歳月を経ても色あせない「★」について、大久氏は「これから死ぬ人が、自分の死を自分で作品化した。それだけでもう異常な作品なわけですけど、音楽的にボウイも他のアーティストもやったことがない音楽を新たに生み出した、これには本当に驚かされます。過去に彼がやったような『~を取り入れた』『~とコラボした』ではなく、参加したジャズ・ミュージシャンたちもボウイも、『★』で新たに自分の表現の領域を大幅に拡張している。つまり、全員が成長しているわけです。死の間際にいた70歳近い人がそれを見せつけるなんて、他に例がないんじゃないでしょうか」と力説した。

 この「★」について、大久氏は昨秋発売の著書「デヴィッド・ボウイ 21世紀の男」(シンコーミュージック・エンタテイメント)で詳細に記述。21世紀の歩みを検証した。

 「21世紀になって、音楽そのものの有り様が大きく変わり、今は既存のジャンルを小分けに整理してパーソナルに音楽を楽しむ時代。ボウイのような時代を引っ張るリーダー的スターは今後生まれないし、世界中が熱狂するような大ヒット曲も生まれない。それは社会構造的に確定しているわけです。でも、実はボウイはそんなことを今から20年以上前に予見していた。そして今から10年前、亡くなる直前にはボウイは現在のインターネット社会に酷く幻滅していたとも伝えられています。そういう予見・予言を生前にたくさんしていたと思う。後になって『あれっ、これボウイが言ってたな』と気づくようなことが…」

 その21世紀、記者はロンドン五輪(12年)を取材した際、開会式での英国選手団の入場行進曲としてボウイの代表作の一つ「ヒーローズ」(77年)がリピートされる光景を目の当たりにした。開会式にはポール・マッカートニー、閉会式の大トリにはザ・フーという英国ロックのレジェンドたちが登場する中、活動休止期間にあったボウイは出演オファーを固辞したと伝えられていたが、あの「ベルリンの壁を壊した」ともいわれる同曲は五輪のスタジアムでさらなる輝きを増していた。

 作品は時を超えて生き続ける。大久氏は「ボウイが過去、何をどう表現していたかを丁寧に見つめ直していけば、僕らや世界が今後どう変わっていくかを見つけられるかもしれない。彼がいなくなった今も、そういう期待がまだ残っているんです」と指摘した。

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