ブラッド・ピット扮する若かりし頃、アイルトン・セナとレースで競い、当時、敏腕レーサーとして名を轟かせた男が、強気な若者レーサーと組み、再びF1の勝負に挑む映画「F1®/エフワン」。劇中、ブラピ演じるソニーが、若手レーサーのジョシュアに「ジジィ」と言われたり、記者会見でベテラン記者に過去の女性関係まで暴かれるというプライドをへし折られるシーンがある。それでもソニーは「あぁ」としか返答しないのだ。
ひとりロッカールームで運試しのようにトランプをカゴに向かって投げる彼の行動から、相談する相手も居ないのだろうと推測できる。辛い経験を幾度も乗り越え、今となっては好きなレースにだけ参加していた男が、何故、F1の世界に戻ってきたのか。レーサーとして一番華やかながらも過酷で金と欲が渦巻くF1は、頭脳とテクニックを使ってバディと共にスピードの限界に挑戦する命懸けのスポーツだ。
近年、洋画カーレース映画としてジェームス・ハントとニキ・ラウダの姿を綴った「ラッシュ/プライドと友情」(2014年)、1966年のル・マン24時間耐久レースでの出来事を描く「フォードvsフェラーリ」(2020年)、ゲーマーからプロのレーサーとなったヤン・マーデンボローの実話「グランツーリスモ」(2023年)などが製作されている。このように何度も描かれた題材を更に刺激的なものにするにはどうすればいいか。ジョセフ・コシンスキー監督は、「トップガン マーヴェリック」(2022年)で使用した手法を用い、レーシングカーの側面に設置できる大スクリーンに耐えうる高性能カメラを制作。それにより観客はスピードを肌で感じるような錯覚に囚われる。しかもマシンに最大15ヶ所設置したアングルにより、見たこともない位置から風を感じられるのだ。
この努力により映画館でしか味わえない臨場感ある映像やエンジン音を体験できるので、映画にする価値は充分ある。しかし、一番は1987年から1994年頃まで巻き起こったF1ブームを体験して車への憧れを抱き、現在は中年となった大人達が涙するドラマティックな物語に胸を打つ。今やZ世代と言われるITを巧みに操る若者達が注目を浴び、叱責も時にはハラスメントに当たる時代だ。肩身の狭い社会で責任だけを背負い、より良い結果を出すために意見を述べても、チームに声が届かなければ自分ひとりでやや型破りな行動を起こす。過去の栄光に縋っているわけでもないのに、周囲には「過去の人」と言われながら困った時にだけ頼られるソニーに、自分を照らし合わせて涙する人も少なくないだろう。ただしソニーを演じるブラピのようにモテるかは別としてだが。仲間思いのアウトロー上等と言える中年の青春映画に乾杯。