マンガ雑誌「週刊少年マガジン」で、過去4年間に連載を開始したのは約40作品。少年マンガ界の猛者たちがひしめく新作群の中で、読者アンケートで最も良い評価を得たのが、2025年の年頭から連載がスタートした野球マンガ「スルガメテオ」だ。彗星のごとく現れた作者・田中ドリル氏の発想の原点に迫った。
マンガ好きの玄人も引き込まれる主人公・駿河彗(するが・けい)の設定は「バッティングセンターで、マシンの代わりに客に投げ込んで鍛えた天才投手」。これまでの野球マンガにない、斬新な発想を得たキッカケは「『逃げ』でした」と田中氏は言う。
近年のマガジンの人気野球マンガといえば「ダイヤのA」。田中氏も同作の存在は避けられなかった。少年時代に同作を読み、衝撃を受けたという。「当時は気合、根性、必殺技みたいなバトル要素が強いマンガが多かった。そこにいきなり出てきたんですよ。強豪校に入って、ちゃんと野球をやる本格野球マンガ。衝撃的でした」と振り返る。
漫画家として当然考えるのは「新しい要素がない野球マンガをやっても、100%比べられる」。悩みに悩んでいたとき、冗談のつもりで発した「160キロの誰も打てないマシンが人間だったら面白くないですか?」という言葉が担当編集者の耳にとまった。「それ良いね」。そこから快進撃がスタートした。
自身も幼少期から野球に打ち込み、高校には野球推薦で入学したほどの選手だった。現実の野球を知るだけに、物語との乖離に苦しむこともあったという。ただ、自身が描きたかったのは「とんでもない速い球を投げるデカいやつが、めちゃめちゃ無双する」作品、ということはブレなかった。少年時代に読みたかったものを追い求め「バカになりました」と苦悩を断ち切った。
“肝”となる主人公のモデルは現ドジャースの佐々木朗希投手と、同じくドジャースなどで活躍した野茂英雄氏を参考にして創作した。ポイントは、お尻を「デカく」描くこと。「ケツ(お尻)は野球をやっている人にとって、名刺代わりなんですよ。デカければデカいほど尊敬される、ライオンのたてがみなんです」と笑顔で理由も語った。
週刊連載では、スケジューリングや体調不良で苦しむ漫画家も多い。しかし田中氏は「連載の楽しさは常にあるんです」と意気揚々。野球で培ったフィジカルと、レギュラーを争った学生時代の経験は代えがたい力になっている。「毎週(読者)アンケートで勝負するんですけど『うまくいったな』という回は(評価が)ちょっと上がるんです。それが楽しくて。『先週よりも面白くなるように頑張ろう』みたいな。きついけど楽しい、自分の好きなことで苦労できるのは楽しいです」。し烈な競争の中に喜びを見いだすことができる思考回路が結果につながっている。
前週より面白くなる。進化を続け、今後も目が離せない「スルガメテオ」。同作のテーマは「日本の野球」だという。「野球って投手と打者の1対1に見えるけど、色んな情報が積み重なっての1球、1プレーがある。チームプレーなんです。日本人は協調性とか、誰かのために頑張ることを重んじている。だから『ベースボール』より『野球』が強いんじゃないかなって。みんなで戦って、みんなで勝つ野球を描きたいんです」と熱く語った。
◆田中ドリル 1998年生まれ、岡山県出身。小学1年生から始め、高校まで野球に打ち込んだ。当時は投手と外野手を兼任。漫画家を目指したきっかけは、似顔絵を描いた友人に「絵ウマ!漫画家になれるじゃん」と言われたこと。「進撃の巨人」「GTO」「はじめの一歩」「FAIRY TAIL(フェアリーテイル)」など、「マガジンのDNA」とも言える名作たちから薫陶を受けた。ペンネームの由来は、学生時代に友人と「もしホストになったら」という話題で自分の源氏名を考える流れになり、「俺は田中・怒理流(どりる)や!」(田中は本名)と言ったら大ウケしたことから。