大河『光る君へ』藤原道長の娘・彰子の出産を邪魔した物怪の力 30時間の難産、僧侶の大声の祈り 識者語る

濱田 浩一郎 濱田 浩一郎
画像はイメージです(VenDigitalArt/stock.adobe.com)
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 NHK大河ドラマ「光る君へ」第36回は「待ち望まれた日」。藤原道長の娘・彰子(一条天皇の中宮)の出産が描かれていました。寛弘4年(1007)12月頃、彰子は一条天皇の子を妊娠します。しかし、彰子の妊娠は当初秘密にされたようです。おそらくそれは、1つには呪詛を警戒してのものと考えられます。だが、妊娠5カ月にもなると、妊娠は公にされ、彰子は内裏から土御門第(道長の邸。つまり彰子の実家)に移ることになるのです(1008年4月)。

 紫式部は彰子に仕えていた訳ですが、『紫式部日記』は寛弘5年(1008)7月から始まっています。道長の邸・土御門第の有様の描写から日記が始まるのです。秋の色が都に広がろうとしている時、土御門第はとても趣があると式部は書いています。池の岸辺の木々の梢、遣水の汀(みぎわ)の草むらは色付き、美しい情景を見せていたのです。

 そうしたところに聞こえていたのが、僧侶たちの読経の声でした。彰子の安産を願っての読経でした。前述したように、彰子が一条天皇の子(皇子)を産むことを快く思わない者が呪いをかけることも心配されていました。そうした呪詛から守るために、僧侶の読経は欠かせないものだったのです。

 その後、9月9日の夜、彰子が産気付きます。ところがこの時の産気は微弱でありました。そればかりか、邪気(物怪)が出現するなどして、彰子の出産を脅かします。『紫式部日記』にも、物怪が出現したことが書かれています。物怪の力は強く、僧侶を引き倒すこともあったようです。

 僧侶らは、中宮・彰子に取り憑いている物怪たちを憑座(物怪を寄りつかせるための人)に移し、必死に調伏しようとします。物怪調伏のため、大声で祈り喚いたのです。一晩中、大声を上げ続けていたせいで、声がかれてしまう僧侶もおりました。祈りを捧げていたのは僧侶だけではなく、道長も必死になって、仏に祈願していました。

 彰子が皇子を産んだのは、9月11日の午刻(午前11時から午後1時頃)のことでした。30時間を超える難産だったのです。出産の際には、物怪が悔しがって大声を上げていたと言います(『紫式部日記』)。それはともかく、現代では考えられないような異様な出産の光景でした。

◇主要参考文献一覧 ・清水好子『紫式部』(岩波書店、1973) ・今井源衛『紫式部』(吉川弘文館、1985)・朧谷寿『藤原道長』(ミネルヴァ書房、2007)・倉本一宏『紫式部と藤原道長』(講談社、2023)

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