「ダンバイン」「ガンダム」MIQが40周年 一度だけのつもりが武道館で運命変わり名アニソンシンガーへ

山本 鋼平 山本 鋼平
MIQ
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 「聖戦士ダンバイン」「重戦機エルガイム」「機動戦士ガンダム0083 STARDUST MEMORY」など多くの名作アニメの楽曲で知られる歌手のMIQ(ミク)はデビュー40周年を迎え、今も力強い歌声を響かせている。1982年に「戦闘メカザブングル」の挿入歌「HEY YOU/わすれ草」でデビュー。コロナ禍で開催が延びていた40周年記念コンサートは東京、大阪での開催が来春(1月7日、東京・きゅりあん小ホール/3月9日、大阪・アメリカ村BEYOND)に決まった。節目を迎えたMIQにこれまでの歩み、現在の思いを聞いた。

  アニソンライブ、ジャズライブへの出演、ボーカルトレーナーなど多彩な活動を続けるMIQ。来春の40周年記念コンサートは、集大成というよりも通過点と捉える方が適切だろう。

 「もう40周年ですね。本当にあっという間でした。多くの方に支えられて感謝の気持ちでいっぱいですが、40年という実感はあまりないんです。早かったですね」

 1回限り、という気持ちで引き受けたアニメソングがライフワークになった。運命が変わったのがデビュー曲「HEY YOU/わすれ草」だった。発売直後から評判を呼び、ほどなく開催されたアニソンイベントで日本武道館のステージに立った。

 「宣伝も特にしていなかったので、私のことを誰も知らないと思っていました。ところがビジョンに私の顔が映ると、ものすごい歓声が起きました。ビックリしました。キングレコードの担当者から『挿入歌なのに反響がスゴイです』と聞かされていましたけど、自分でも半信半疑だったんです」

 MIQの当時の歌手名はMIO、由来はカンツォーネ曲の「アモーレ・ミオ」だった。ソウルバンド「EZ(イージー)」のボーカルとして事務所に所属し、デビューを目指していた。「銀河旋風ブライガー」の挿入歌を歌っていた山形ユキオ、「銀河烈風バクシンガー」の増田直美の所属事務所社長と、自身のマネジャーの親交が深かった縁で「ザブングル」への誘いが届いた。曲作りの前に作曲家の馬飼野康二と打ち合わせを行った。馬飼野は数々のアニメソングに加え、SMAPのデビュー曲「Can't Stop!! -LOVING-」、嵐のデビュー曲「A・RA・SHI」の他、近藤真彦、Sexy Zone、少年隊への楽曲提供でも知られている。

 「自分のバンドがあったので、アニメソングは1回限りのつもりでした。馬飼野さんとの打ち合わせでは、私の歌を褒めて頂けて自信になりましたね。『HEY YOU』は、気の強い元気いっぱいな女の子の飛び跳ねる生命力と生の鼓動、少しの寂しさをイメージされたと聞きました。『わすれ草』も私の歌声からイメージを膨らませたそうです」

 その歌声通り、MIQは元気いっぱいで飛び跳ねるような、そしてほんの少しの寂しさを抱える女の子だった。

 MIQの両親は鳥取でお菓子の卸売小売店を営んでいた。父が運転する配達車に同乗しては歌い、近所の銀行に遊びに行っては、行員の前で歌声を披露する女の子だった。父はテレビ番組「キンカン素人民謡名人戦」にゲスト出演する民謡の歌い手だった。祖父は三味線を教えており、芸事好きで度々一緒に映画館に行った。MIQは幼い頃から三味線、日本舞踊にも取り組んだ。

 「小学校ではリクエストされると、どこにいても歌いましたね。中学、高校時代はホームルームで歌っていました。『サウンド・オブ・ミュージック』とか英語の歌が多くて、エミー・ジャクソンの『涙の太陽』、他にオールディーズや中尾ミエさんの曲が多かったです」

 高校までを鳥取で過ごしたが、出生地は東京港区だった。3歳になる前、都内でお菓子の卸小売店を営む生みの両親から、養女として鳥取に移った。同じ業種だった2組の両親。鳥取の育ての父は東京の父の兄、同様に鳥取の母は東京の母の姉だった。

 「兄夫婦に子どもがおらず、どうしても、と。姉は人見知りだったので私が選ばれたそうです。東京では後に2人の従姉妹が生まれたので4人姉妹だったことになります。近寄ってくる犬から、姉を守ろうとする元気な女の子だったと聞きました。小学校4年生の時、けんかした男の子から『もらい子のくせに』と言われて、どういうことか母に聞いて初めて知りました。母は少し申し訳なさそうで、私もその時は少しショックでしたが、とても大好きな両親でした。どちらの両親、姉も亡くなりましたが、従姉妹の2人とは今も仲良くしています」

 歌と映画が好きな少女は、必然的に芸能界に憧れた。それを聞いた父はボーカルレッスンを受けられる場所を探したが、鳥取には声楽教室しかなかったという。上京を志すようになり、吉永小百合好きだったこともあって、鳥取西高から早稲田大学に進学した。入学式の前から都内のボーカルレッスンに通い、歌声を磨いた。

 「最初の先生は古関裕而先生のお弟子さんの方でしたが、歌を認めてくれて、すぐに新宿のラウンジを紹介されました。生バンドの演奏でスタンダード、映画音楽、ミュージカルを歌って暮らしました。結局大学にはほとんど行かず、後に中退してしまいました」

 ほかにも松浦竹夫演劇研究所でミュージカルを学び、平尾昌晃歌謡教室にも通った。ラウンジなどのステージに立つ中で、力強い歌声が注目され、ソウルバンドからボーカルのオファーが届いた。3つのバンドを経て「EZ」に加入していた。「HEY YOU」の収録前日は、ディスコのステージに立っていた。

 それほど思い入れが強くなかったアニメソングだが、楽曲の良さに加えて、日本武道館での反響に驚いたことで、心境が変わり始めた。

 「武道館では声優の田中真弓さん、三ツ矢雄二さん、松野太紀さんが舞台袖で『HEY YOU』が好きだと言ってくれました。マネジャーが、ファンクラブに入ってくれたらレコードをあげる、と伝えると、3人とも入会してくれました。とてもうれしかったのを覚えています」

 MIQには続々とアンメソングの仕事依頼が届くようになった。

連載第2回はコチラ

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