元補修職人が描く超絶バトルエンタメ!マニアックだけど王道、新人離れしたジブリから学んだテクニック

山本 鋼平 山本 鋼平
「ゲモノが通す」(作・堀北カモメ、リイド社)単行本3巻の書影より
「ゲモノが通す」(作・堀北カモメ、リイド社)単行本3巻の書影より

 30代後半で初めて描いた作品が漫画賞に輝き、2作目で初の連載を開始。40歳を過ぎた今秋、その「ゲモノが通す」の単行本(リイド社)第3巻が発売された。元補修職人の堀北カモメが圧倒的熱量のバトルエンターテインメントを展開。連載先のトーチwebの担当編集者、中川敦さんに話を聞いた。

 「ブッ直おおおす!!!」「俺は職人、補修屋 金子だぁぁぁぁ!!!!」「俺は旧社會『軍鶏』の特攻隊長『カワセミ』だぁぁ!!」「空冷四発…ショート管の音…」「施主の家に土足上がってんじゃねー!!!」「胸が…燃えてる⁉」「あきらめないハート、レボリューション‼」「僧帽筋…盛り上がり 広背筋…発達」

 絶叫と体言止め。リズム感あふれるフレーズが印象に残る。中川さんは「怒濤(どとう)のように熱いパンチラインがドカドカ出てきます」と、その勢いと熱さを高く評価している。

 単行本1、2巻収録の第1〜10話では、作者の経歴と同じ補修職人の主人公・金子(42歳)と鳶職人・ノブオとのバトルが中心に描かれ、11話からは金子の勤務先カワサキリペアの職人仲間・パー子(30代中盤)の戦いにスポットが当たる。第3巻ではパー子の絶望と覚醒、金子の男気がほとばしり、新たな登場人物である造園工・ユキオが現れる。

 補修職人は、建築現場や賃貸物件で生じた傷を回復させる仕事だ。職人たちが使う補修コテ(バーンナイフ)は作中でも象徴的な形で登場。バトルシーンで描かれる金子の補修コテは敵を倒し、何かを壊すためのものではなく、補修職人の誇りと魂を示すものとして描かれる。ノブオは足場を組む際に使うガチャ(シノ付ラチェット)を武器とし、ニッカポッカと足袋とドカジャンが印象的な風貌には、実際に建築現場で働いてきた作者ならではのリアリズムが反映されている。

 中川さんは「この作品はとにかく勢いとパワーに圧倒されますが、それだけではありません。この作品の構成、構図、カメラアングル、視線誘導などは、漫画の技術として非常に高度なものです」と語った。確かにバトルを織り交ぜながらゲモノとヒト、G型ウイルス、浄化教防疫隊、ゲモノ法、旧社會など、作品の世界観と背景を説明し、仕事仲間の災難が同時進行する構成はテクニカルだ。

 42歳の主人公に、30代中盤のヒロインをはじめ、設定は超ニッチながらも、物語の熱さと読みやすさは1990年代の週刊少年ジャンプの王道バトルを想起させる。極端なマイナーさとメジャー指向が混在する背景には、作者の経歴が深く関与しているに違いない。

 堀北カモメは1982年、三重県で生まれた。東京で補修職人として暮らしていた2019年、37歳の時に初めて描き上げた「シシファック」を第1回トーチ漫画賞に投稿した。主人公の男が最強の雌イノシシ“アバズレ”への愛に命をかける物語だ。中川さんは「下読みの段階で評価が真っ二つに割れました。僕は初見でこれはスゴイと思いましたが、荒唐無稽だという声も理解できました。どうにも結論が出ないので、最終選考に諮ることにしました。最終選考でも賛否分かれたのですが、その常人離れした熱量は誰もが認めるところで、大賞を与えることはできないけれど、かといって何も顕彰しないわけにはいかないし…ということで急きょ『山田参助賞』が新設され、受賞に至りました」と回想した。そして翌年、「ゲモノが通す」の連載が始まったのだ。

 堀北はイラストレーター、デザイナーなど、絵に関する仕事に就いた経験はない。「耳をすませば」などのジブリ映画を一時停止しながら、全カットを模写して画力や構成力を鍛えたという。

 中川さんは「模写に取り組むことで、全てのカットに意味があり、それを伝えるのが演出だと学んだ、と堀北さんはよくおっしゃっています。普通の人では考えもしない途方もない作業にコツコツ取り組む姿勢は、やはり職人気質と言えるのかもしれません」と語った。

 中川さんは「『ゲモノが通す』は、さいとう・たかを先生の劇画のように、世代や職業や性別や住んでいる地域や、そういったものを超えて沢山の人たちに読んでもらえるポテンシャルがありますし、おそらく堀北さんも目指しているのもそこだと思います」と代弁。「この作品をもっとたくさんの方に読んでほしい。できることは何だってやりたい」と意気込んだ。

 堀北は同作の企画書をこう締めくくっている。「泥と傷がついた美しい指でページをめくる人の心に、希望の炎が燃え上がる様な、そんな漫画を、描かなければならない。俺達は絶対にあきらめない」。その熱が拡散していくことを、期待せずにはいられない。

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