フォーク歌手のロジャー・ウィテッカーさんが死去した。87歳だった。
口笛の名手としても知られるシンガーソングライターのロジャーは『ダーラム・タウン(ザ・リーヴィン)』『ザ・ラスト・フェアウェル』や、1982年バージョンの『愛は翼にのって』のほか、1986年に大ヒットとなったデス・オコナーとのデュエット曲『スカイ・ボート』でも知られ、通算5000万枚のレコードを売り上げた
ロジャーのウェブサイトには生年と没年が記された本人の写真が掲載。ファンらはコメントを残すことが可能となっている。
イギリスのスタッフォードシャー出身の両親のもと1936年にケニアのナイロビで誕生したロジャーは、イギリスの植民地からの独立を目指すケニア土地自由軍やマウマウ団と戦うケニア連隊で2年間兵役を務めた後、医学を学び始める。
しかし1年半後にその道を断念して教職に就き、1959年から動物学、生化学、海洋生物学をウェールズのバンガー大学で学んだ。渡英後、地元のフォーククラブで歌い始めた。その間、自身の曲も作り続け、1962年にはフォンタナ・レコードと契約を交わし、ファーストシングル『ザ・チャージ・オブ・ザ・ライト・ブリゲード』をリリースした。
そして北アイルランドのアリスター・テレビジョンの番組『ディス・アンド・ザット』に出演したことでブレイク。『ダーラム・タウン(ザ・リーヴィン)』は英チャートトップ20入り、ロジャーが話せる言語圏の北欧、フランス、ドイツなどのチャートを賑わすこととなった。
1974年にはフィンランドのユーロビジョンの予選で『ザ・フィニッシュ・ウィスラー』のパフォーマンスを披露し、同曲はフィンランドの料理番組『パタカッコネン』のタイトル曲として使用された。
プライベートでは1964年に妻ナタリーと結婚、5人の子供に恵まれた。2012年からフランスでとともに隠居することとなった。