ボーカルが刑務所で死去した伝説バンドが書籍と映画で再評価 甲本ヒロトも憧れた「フールズ」とは?

北村 泰介 北村 泰介
ボーカリストとして存在感を発揮したザ・フールズの伊藤耕(撮影・福田真、「THE FOOLS MR.ロックンロール・フリーダム 東京キララ社」より)
ボーカリストとして存在感を発揮したザ・フールズの伊藤耕(撮影・福田真、「THE FOOLS MR.ロックンロール・フリーダム 東京キララ社」より)

 北海道の月形刑務所で2017年に死去した服役中のロック歌手が体調不良を訴えた際に刑務所などの対応が不適切だったとして、遺族が損害賠償を求めた訴訟が2月に東京地裁で和解した。国がほぼ請求通りの4300万円を支払うという内容が報じられ、ネットでも大きな反響を呼んだ。この人物は1980年に結成された伝説のバンド「THE FOOLS(ザ・フールズ)」のボーカル・伊藤耕(享年62)。同バンドの軌跡を描いた書籍が昨年末に出版され、ドキュメンタリー映画が今年1月から全国順次公開中という再評価の気運が高まる中、著者と監督に話を聞いた。(文中敬称略)

 14年の歳月を費やして執筆された「THE FOOLS MR.ロックンロール・フリーダム」(東京キララ社)の著者・志田歩は情報誌「ぴあ」の音楽担当社員からフリーとなった音楽ライター。前著の単行本は「玉置浩二★幸せになるために生まれてきたんだから」(イースト・プレス)で、振り幅の広さを感じさせるが、いずれも「音楽性の高さ」において矛盾なく共存していたという。

 志田は「両極端に見えるかもしれませんが、玉置浩二には音楽家としてのすごさがあり、伊藤耕は自分で歌詞を書いて歌う人としてダントツでナンバーワンだった。明るさとユーモアがあり、場を活性化させる愛らしい人。バンドもブルース、ジャズ、ファンクなどの要素を消化し、たくましい音楽性を持っていた」と説明。83年、くしくも、その玉置がボーカルのバンド「安全地帯」とフールズは共演していた。

 フールズは日本の80年代アンダーグラウンド・シーンを代表するバンド「JAGATARA(じゃがたら)」と深い接点があり、音楽面で影響を与えた一方、86年にはブレーク前夜の「ザ・ブルーハーツ」と〝対バン〟していた。

 元ブルーハーツの甲本ヒロトは志田の取材に対して「リハーサルはすごいのに、その後で(伊藤に)〝何か〟があったのか、本番では、ぼんやり立っている時間もあったりした。それでも、かっこよかった」と証言。ロック界のカリスマとなる甲本がリスペクトしたフールズは商業的に成功することはなかったが、ありのままに生きる人間がむき出しのバンドだった。

 伊藤は覚醒剤取締法違反で一審の無罪判決から一転、二審で逆転有罪となって実刑が確定し、2015年10月から服役。霞ヶ関の東京地方検察庁に入る直前、見送りのメンバーや妻らに向かって「ロックンロール!」と叫んだという。志田は「ドラマでそんなふうに書いたら『クサ過ぎる』と言われるようなことを本気でやってのけるすごみがあった」と指摘する。

 結成から亡くなるまでフロントマンだった伊藤と共に、82年に加入した同じ55年生まれのギタリスト・川田良がバンドをけん引したが、その川田は14年に58歳で病死。現時点で脱退メンバーも含めて7人が鬼籍に入っている。それでも、89年に加入したベーシストの福島誠二をリーダーに、近年参加のメンバーで活動を続け、収監直前まで伊藤の肉声を録音した25年ぶりのアルバムを16年にリリースした。

 そんな人間群像を記録した映画「THE FOOLS 愚か者たちの歌」の高橋慎一監督は「彼らの人間的魅力に絞って言えば『嘘がない』ことです。劇中インタビューで甲本ヒロトさんが語っていた『本物でなく本当』の一言が象徴しています」という。

 映画は13年1月、伊藤が刑務所を出る場面から始まる。劇中、さりげない日常描写の中、伊藤がメロンパン専門店の前で商品棚を凝視し、スタッフの分まで細かく注文する場面が本人のイメージとのギャップもあって記者の印象に残った。

 高橋は「伊藤耕が撮影者にまで気を使い、メロンパンを余分に買う場面を観た人が『聖地巡礼』と称して、そのお店にパンを買いに行く〝珍現象〟も発生しています。ドラッグで逮捕歴のあるロッカー…ということでコワモテな人物を想像するかもしれませんが、彼は誰に対しても心を開く、おおらかな優しさに溢れた人物です」と振り返った。

 同作は1月の東京・渋谷を皮切りに、2月は名古屋、大阪、東京・池袋で公開。3月には福岡、京都、神戸、横浜、広島、松本、4月以降も新潟などで上映が予定されている。

 高橋は「口コミで話題を呼び、2月の上映は連日満席。その熱は全国各地の上映に伝播しています。この映画を観て初めてフールズを知った人たちから『波乱含みの物語もすごかったが、何よりフールズの音楽が素晴らしかった』という意見を多くいただきます。彼らの音楽の豊かさが〝発見〟されることが監督として一番の喜びです」と思いを吐露した。

 薬物使用は社会的にも健康面でも肯定されることではない。だが、逮捕と服役、出所を繰り返しながら詞を書き、歌い続けた男を擁する「FOOLS=愚か者たち」の音楽が今も風化せず、新たに耳を傾ける人が続いているという状況も事実としてある。

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