来年のNHK大河ドラマ「どうする家康」で、溝端淳平演じる今川氏真は、森保ジャパン入りできるほどの名サッカー選手だった?
サッカーの「FIFAワールドカップ カタール大会 2022」は、アルゼンチンの36年ぶり3度目の優勝で幕を閉じた。森保一監督もグループリーグEを首位で突破し、2大会連続で決勝トーナメントに進出。日本国内はその余韻が残っているが、かつて日本にもボールを使った球技があった。蹴鞠(しゅうぎく/けまり)である。
鎌倉時代から室町時代前期に完成された芸道で、鹿革と馬革を縫い合わせた鞠(まり)を蹴り続けその回数を競うもので、今でいうサッカーのリフティング大会のようなものだ。
戦国時代に、その蹴鞠の名人と呼ばれた武将がいた。桶狭間の戦いで織田信長に討ち取られた駿河の大名今川義元の嫡男・今川氏真である。氏真は父亡き後、名門・今川氏12代の当主になったが、武田信玄と徳川家康の駿河侵攻で没落。弔い合戦をする気配もなく流転の末、最終的には徳川家康に捨て扶持(ぶち)500石で迎えられた人物だ。
氏真は武将としてよりも文化人として有名な人物だった。祖母・寿桂尼が藤原北家の公家の出身だったため、幼少の頃から連歌、和歌など公家文化に慣れ親しんでいた。特に優れていたのが蹴鞠だったという。コーチ役は蹴鞠の飛鳥井宗家の飛鳥井雅綱や賀茂神社の神職・山下述久だったと伝わっている。
こんなエピソードが残っている。織田信長の一代記『信長公記』によると天正三年(1575年)、氏真が旧知の公家宗を訪問するため、京都に滞在したことがあった。その際、父の仇である織田信長に間相国寺で拝謁(はいえつ)する機会に恵まれた。本来なら憎い相手であるがなぜか会話が弾み、蹴鞠を披露することになったという。その何日後かに、相国寺で蹴鞠の名家である飛鳥井雅教、雅敦相手に技を披露したと伝わっている。氏真は大勢の観客の前で妙技をみせたという。その感性は他人には理解できないが喜々として演じたというから心底、“蹴鞠LOVE”だったのかもしれない。