ロシアのウクライナ侵攻が泥沼化する中、プーチン大統領に関するさまざまな報道が飛び交っている。ジャーナリストの深月ユリア氏が、その一つとして、同氏と宗教が絡んだ報道を取り上げ、ウクライナ出身の国際政治学者であるアンドリー・グレンコ氏に見解を聞いた。
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10月25日、ロシアの現地メディアによると、ロシア正教会のトップであるキリル総主教はプーチン大統領を「反キリストを掲げる者に立ち向かう闘士」と称したという。西側のメディアでは、「キリル総主教はプーチンをロシア正教会のエクソシストに任命した」という報道もある。
報道によると、キリル総主教は「プーチンは西側のグローバリズムと戦っている」「世界的な権力を主張する者は、世界の終わりを招くことになるだろう」と、〝プーチンの戦争〟を擁護する声明を発表したという。また、ロシア国内で予備役を動員する件について、同総主教は「ロシア人は死を恐れてはならない」と述べたそうだ。
さらに、現地メディアによると、同総主教は9月22日、モスクワのザチャチエフスキー修道院で行った説教の中で、「勇敢にロシア軍の使命を果たしなさい。国のために命を捧げる者は、神の国と栄光と永遠の命の中で、神と共にあることを覚えておきなさい」と戦争を推進する主張をしたという。
ロシア国内のロシア人の約7割がロシア正教会を信仰しているといわれるが、ロシア国内で反プーチン・反戦ムードが広がる中、プーチン大統領はウクライナ戦争を「聖戦」と定義して正当化したいのだろうか。
筆者が、ウクライナの国際政治学者で「ロシアのウクライナ侵略で問われる日本の覚悟」などの著者、アンドリー・グレンコ氏にインタビューしたところ、「キリル総主教はかねてより『西側の自由民主主義・価値観が間違っていて、ロシアが正しい』と主張してきました。ロシア正教会はプーチンの支配下にあります。ただし、『エクソシスト』というのはロシアのメディアには書かれていなく、西側メディアの比喩でしょう」
ロシア正教会はプーチン大統領を擁護する教義なのか?グレンコ氏は「ロシア正教会の組織はプーチンとズブズブです。歴史的に見ても、帝政時代に宗教が国の統治に政治的に利用され、ロシア革命時にレーニンにつぶされましたが、スターリンが再びロシアの統治に利用する為に復活させました。ロシア正教会はKGB(※)の別部隊のような組織で、幹部は諜報機関のメンバーでもあるといわれています」
そして、グレンコ氏が懸念するのは、キリル総主教よりロシア国家安全保障会議のアレクセイ・パブロフ氏の発言である。
グレンコ氏は「ロシア国家安全保障会議は『ウクライナはロシア正教会を放棄し、サタンを信じている。特殊軍事作戦により、ウクライナの非サタン化が必要だ』と発言しました。今までは『ウクライナはナチス』という発言はありましたが、一応、ナチスも人間です。しかし、今回の発言は、『戦う相手は人間でなくサタンだ』という主張です。 ますます、とんでもない過激な論調になっています」
グレンコ氏はこの発言の背景・意図として、「ロシア国内の反戦ムードをおさえること。追加動員された兵士のみならず国民全体の士気を高めることにあるでしょう。(どれだけのロシア人が信じるかはわかりませんが)一部の人には響くかもしれません」
さらにグレンコ氏によると、「ロシアの国連大使は『ウクライナは戦闘用の蚊を使っている』という発言もしている」という。
国内外で孤立するプーチン大統領はもはや〝神頼み〟なのだろうか。
(※)旧ソ連の情報機関である国家保安委員会。現在それらは主に連邦保安庁(FSB)と対外諜報庁(SVR)に継承されている。