釣り漫画の金字塔「釣りキチ三平」、エッセイ漫画の傑作「おーい‼山びこ」などで知られる矢口高雄の回顧展「矢口高雄展 夢を見て 描き続けて」が、東京・千代田区の明治大学 米沢嘉博記念図書館・現代マンガ図書館で開催されている。展示された貴重な原画の魅力、その作家性について、同館のヤマダトモコさんに話を聞いた。
2020年に81歳で死去した矢口高雄は、秋田県西成瀬村(現横手市)に生まれ、1969年「月刊漫画ガロ」に「長持唄考」が掲載されデビュー。30歳を過ぎた70年に12年勤めた銀行を退職し上京、本格的な作家活動を開始した。73年に「幻の怪蛇バチヘビ」「釣りキチ三平」が話題を呼び、翌年の講談社出版文化賞児童まんが部門を受賞。76年には「マタギ」で日本漫画家協会賞大賞を受賞。90年代以降は横手市増田まんが美術館の設立に尽力し、名誉館長を務めた。
回顧展では原画約140点を、作風を確立するまでの「模索の時代」(10月14日~11月7日)、新たな作風に挑んだ「独創の時代」(11月11日~12月5日)、故郷を愛したエッセイ漫画を取り上げた「矢口高雄の肖像」(12月9日~23年1月16日)、東北の過疎の山村での暮らしがテーマである作品を中心とした「ふるさと」(1月20日~2月13日)の4期にわけて展示。ほかに制作道具、インタビュー映像、矢口を〝ホビー漫画の原点〟として尊敬する「ゲームセンターあらし」のすがやみつる氏による寄稿などがある。
ヤマダさんは、30歳を過ぎてから本格的な作家活動に入った経歴を挙げ、「明朗快活な作風のイメージがありますが、実は最初から底に重いテーマを持っている。問題意識を持ちつつエンターテイメントに昇華する力量があるんです。そして最初からすごく読みやすい。矢口先生の場合、その能力の高さは最初から大人だったことと関係があるかも」と語った。
矢口は幼い頃は手塚治虫、青年期には白土三平からもっとも影響を受けたという。キャラクターには手塚作品をほうふつとさせるデフォルメがある一方、写実的な風景などが絵の特徴として挙げられる。ヤマダさんは「描き込みが多いリアルな背景や魚と、デフォルメされたキャラクターが違和感なく画面に共存していますよね。〝ここを見てほしい〟という狙いがすぐわかる。構図や構成がずば抜けているんです。お話の読みやすさと通じますよね。漫画でも文章でもエッセイがすばらしいのは、自己の掘り下げも深いからでしょう。横手市から当初設立を打診された矢口高雄記念館ではなくて、各漫画家の原画を収集する美術館の形を望まれたところにも、人生の経験知の高さを感じます」と話した。
同館2階の閲覧室では、矢口高雄の著作、関連資料をそろえた。単行本174冊、雑誌11冊、関連書籍14冊。単行本未収録作品が掲載された「月刊漫画ガロ」など、貴重な資料はファン必見と言えるだろう。入場無料。開館日時は同館の公式サイトまで。