コロナ禍で映画館通いも肩身の狭い昨今、これだけは見なきゃ!という作品に限定しようとした時、事前の情報収集はスマホを駆使して…なんて時代だが、かつて映画のポスターや新聞広告は観客にとって羅針盤のような存在だった。そのデザインを担当する「映画広告図案士」として60年間の集大成となる著書を出版した巨匠・檜垣紀六さんが今、注目されている。都内の自宅にお邪魔し、実際に使われた小道具を披露していただきながら、その裏話を拝聴した。
1940年生まれ、山口県出身。60年に東宝入社し、後に個人事務所「オフィス63」を設立した。今年、「映画広告図案士 檜垣紀六 洋画デザインの軌跡 ~題字・ポスター・チラシ・新聞広告 集成~」(スティングレイ発行、税抜9000円)を出版。60年代から90年代の洋画約600本のポスター、チラシ、題字、新聞広告やコラム、関連年譜などを収録した重さ1865グラムの大著だ。
「2001年宇宙の旅」「時計じかけのオレンジ」「シェルブールの雨傘」「エクソシスト」「サスペリア」「ダーティハリー」「タワーリング・インフェルノ」「キャノンボール」「ロボコップ」「ダイ・ハード」「バットマン」「ブレードランナー」「ターミネーター」…。これらはほんの一部。膨大なアートワークの中から「あの大スターの『手』は檜垣氏の手だった」というテーマで作品を絞った。
まずは「ランボー」(82年)。シルベスター・スタローン演じるランボーが夕焼けの摩天楼を背景に機関銃を手にしたポスターが有名だが、実はこの腕と手は檜垣さんが演じたもので、機関銃や夕焼け空も身近で調達していた。
「ランボーの原題は『一人だけの軍隊』。邦題を決める宣伝会議で『ロッキーは人の名前だからランボーでいいんじゃないか』ってことでそうなった。ベトナム戦争の狙撃兵が退役して山奥の故郷に帰る時、事件に巻き込まれる話で、映画の中でナイフは使うけど、機関銃は出てこない。でも、会議の時に『地獄の黙示録』をイメージして『機関銃だろ』ってことで上野・アメ横のお店からモデルガンを拝借した。それを持つ手は僕で、スタローンの体にくっ付けた。夕焼けは社員旅行で撮った熱海の写真。摩天楼も映画には出てこないんだけど、例えば、青森の山中から故郷の山口に帰る途中の東京で一杯飲んで帰りたいなと俺は思うから、ランボーもたぶんそんな気持ちになるだろうと、『都会で一杯』のイメージで摩天楼の写真を合成した」
作品を観ないで作り上げた檜垣さんの「脳内ランボー」の世界が逆にファンの想像力を刺激し、大ヒットにつながった。さらに、檜垣さんは「パピヨン」(73年)のスティーブ・マックイーン、「タイトロープ」(84年)のクリント・イーストウッドが持つ武器も含めて「ハンド・アクター(手の代役)」を担った。
「丸の内警察署から依頼されて痴漢防止のポスターを作ったんだけど、署の担当者が来た時、俺、パピヨンのポスターで使うナイフを持っていた。警察の人に『何やってんですか』と聞かれ、『マックイーンの手をやってるんです』と説明したら、『それは蛮(バン)刀の形をしていて銃刀法に引っかかる。刃渡り16センチを超えると持ってるだけでダメだから切ってくれ』と言われて削って13センチにしたのがコレです。イーストウッドのマグナム、これ実は電子ライターなのよ。モデルガンじゃなく、ライターの許可とればいいから」
これらの「武器」は今も自宅で保管している。最後に「素手」で演じたブルース・リー主演「電光石火」(79年日本公開)のエピソードを1つ。
「この作品は(米テレビドラマ)『グリーン・ホーネット』の再編集版。ブルース・リー没後に編集したものだからポスターの写真がない。それで『俺がやるわ』って自分でポーズを取ってリーの顔にくっ付けた。本人の表情は『ドラゴン怒りの鉄拳』の顔を逆にした。髪の毛の分け目でバレるから、分け目を消してね。東宝の重役が『これがブルース・リーの新作か…』ってポスターをじっと見て『この手相じゃ、早死にするわ』って言うから、『それ、俺!』って(笑)」
「早死に」どころか今年2月で81歳になった。藤村富美男らのダイナマイト打線時代から70年来の虎党でもある。「新人の佐藤(輝明)はいいねぇ。目指せ、日本一ですよ!85年以来の美酒を期待しております」。集大成が初書籍化された今年、阪神タイガースの快進撃に心躍らせる。