活動弁士の坂本頼光が13日までに、自身のX(旧ツイッター)を更新。「弟子が来ないかなぁ」と嘆いた。通常、弟子入りは志望者が師匠に教えを請うため、弟子側が師匠に入門をお願いする。だが頼光にその志願者がおらず、逆に“弟子募集”となった。
この状況は活動弁士を取り巻く環境が大きい。活動弁士とは無声映画にスクリーン横で登場人物のセリフや状況説明をする専門職。明治30年頃から音声が入ったトーキーが普及するまで多くいた。現在、活動弁士は全国で20人もいないと言われる、希少職種のひとつ。
頼光は落語芸術協会に、落語や講談以外の演芸を披露する色物として所属している。映画「カツベン」(2019年)では、主演の成田凌ら俳優陣への指導も行った。さらに令和6年度の芸術選奨新人賞を受賞するなど、その功績は国からも認められている。だが、職種として危機的状況なのが現実。頼光は11日に「男の弟子が来ないかなぁ(泣)俺は多分、十年以内に死ぬだろう。死ぬ前に、台本の書き方及び台本の参考になる本、並びにその本からのセリフの頂き方だけは誰かに伝えておきたい」とポストした。
これに講談師の神田伯山が「坂本頼光先生が、弟子を募集されています。この方は芸界の宝です。文化を誰かつないでいきましょう。私は責任をとりませんが、かなり面白い人生になると思います」とリポスト。このリポストに、さらに榛葉賀津也国民民主党幹事長も「私も責任はとれませんが、伯山先生のご意見に同意します。餓死はしないと思います」と書き込んだ。
そのうえで、頼光は「書き様に失敗した。男の弟子、と限定した事で良くない反応を頂戴してしまった。すみません。現況、力仕事もあるのと、特に最初の弟子だけは男性でないと、師匠経験ゼロの私が必要以上に気を遣い過ぎて持たなそうなので。他に理由はありません。悪しからず」とあえて「男」と書き込んだ真意をつづっていた。
頼光の固定ポストは「『活動弁士を肩書だけでなく生業とし、芸人として生きて行きたい。そして活弁を、映画説明を、世に伝え、広め、残したい』もしそんな事を考える若者がいたら、場合によっては弟子に欲しいと思う。いたら、の話だが」というもの。「私は本来、弟子を取るような柄でも立場でもなく、ここでは書ききれぬ量の欠陥だらけの人間ですが、その更生を待っていたら何百年かかるか知れやしない。言うなれば時代への呟きです」と40代半ばを超え、芸の継承は切実。
1979年、東京生まれ。2000年に活動弁士デビューし、各地で上映会やライブを行ってきた。令和6年度芸術選奨新人賞を受賞。贈賞理由は「寄席定席公演に映像投影を持ち込んだ努力により『活動写真弁士』が身近になり、存在感が再認識された。寄席演芸に一つのジャンルを増やしたばかりでなく、無声映画説明の随所に笑いをちりばめる。自作アニメ、古い映画の名場面に声色を駆使するオリジナリティー。ナレーションでも情報伝達に弁士の個性と知見を加える。素材を買い集めて次世代へ繋(つな)ごうという熱意からの努力が、語り手としての可能性を拡(ひろ)げる結果となった。元の芸の枠を超える次への展開を期待する」というもの。
国がお墨付きを与えた頼光の仕事。活動弁士を途絶えさせず、次世代に残したいという切実な望みは無事解決できるのか―。