受験期の子どものメンタルは大丈夫だろうかと、親は心配してしまうものだ。勉強のプレッシャーで折れないか、友達と遊べずストレスが溜まっていないかなど、子どもの様子を横目で見ながら、内心ひやひやしている親は少なくないはず。
2026年に中学受験を経て大学付属中学校に進学した長女を持つ筆者も、もちろんその1人だった。そこで、娘がどのように受験のプレッシャーやストレスと向き合っていたのか、振り返ってみよう。
個人面談で告げられた厳しい言葉
娘が大手中学受験塾に入ったのは6年生の6月で、周囲より大幅に出遅れたタイミングだった。5年生の1月から受験を意識した勉強は細々と続けていたものの、最初は塾の課題をこなすだけで精いっぱいだった。親の私も中学受験は初めての経験で、今思えばのんびりしすぎていた。
そんな中、娘に転機が訪れたのは塾でおこなわれた7月の個人面談だ。担当の先生から「このままでは志望校に届かない、9月までに偏差値を5以上あげる必要がある」と告げられるのだった。
9月、娘が放った言葉
個人面談からの2カ月は弱点克服のために娘はかなり苦労をしていたようだ。成績を上げるための勉強はもちろん、塾で指摘されていた「先生への質問を積極的におこない理解度を向上させる」ことにも注力したことがその理由である。
そして夏を越えた9月、何気ない会話の途中で娘が「もし落ちても頑張った自分は消えない、私の人生は終わりじゃない」とつぶやいた。筆者はこの言葉を聞き、まだ12歳の娘がそこまで深く物事を考えるようになっていたのかと驚いたことを覚えている。
その後も成績は着実に伸び、偏差値5アップの目標も達成した。この頃には、合否に関わらずこの受験は大成功だと感じていた。親が必死に環境を整えている間に、娘はとっくに自分事として受験と向き合い始めていたのだ。
12月、一変した言葉
しかし直前期の12月、娘の言葉は一変した。絶対に合格したい、もし落ちたら受験勉強なんてしなきゃよかったと思ってしまう、と苦しそうに打ち明けてきたのだ。
入塾から7カ月、遊びを我慢しながら毎日何時間も机に向かい続けた末の言葉だった。それだけのものを積み上げてきたから、失うことへの恐怖もそれだけ大きい。9月の言葉と真逆に見えるが、どちらも娘の本音なのだろう。
そして第一志望の合格発表の日、娘は最後の入試の試験中だった。夫と2人で先に確認し、受験番号を見つけた瞬間、涙が溢れた。試験を終えた娘に画面を見せると、普段は感情を表に出さない娘が大きな声を上げた。周りに受験生がいたため隅に移動してから見せたが、それでも思わず口を押さえるほどだった。きっと娘は筆者に吐露する不安以上のプレッシャーやストレスを内側に秘めていたのだろう。
受験期の子どもの心は、大人が想像する以上に深く動いている。親がひやひやしながら横目で見ている間に、子どもはとっくに自分の言葉で自分の人生と向き合っているのだ。
◆橋本ひとみ(はしもと・ひとみ) 3児を育てるママライター
2026年、長女が1度塾をやめるという回り道を経て大学付属中学に進学。現在は長男が大手中学受験塾で中高一貫校を目指して奮闘中。次男は中学受験はせず公立へ進学予定と、3人3様の選択をする子どもたちに日々翻弄されている。中学受験を支える親のリアルをSNSで発信中。
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