いつも通勤で電車を利用しているAさんは、ある日誤ってメモ帳を線路に落としてしまう。すぐに駅員に相談すると、電車が来ないタイミングでメモ帳を回収してくれた。
無事にメモが回収できたことと、電車トラブルにつながらなかったことに安心するAさんは、ふと「線路に誤って転落したり、物を落としたりして電車を止めると、鉄道会社から何千万円もの賠償金を請求される」 という話を思い出した。
さらに、信号トラブルや車両故障など、鉄道会社側の事情で電車が遅れることもあるのに、「利用者が電車を止めた場合だけ高額な賠償を求められるのはどうなのだろう」と、Aさんはどうも腑に落ちない。
では実際に、電車を止めるようなトラブルを発生させてしまった場合、鉄道会社から高額な損害賠償を請求されるのだろうか。 ベリーベスト法律事務所の齊田貴士さんに話を聞いた。
電車を止めても高額賠償とは限らない
ー線路への転落や踏切事故などで電車を止めた場合、鉄道会社から損害賠償を請求されることはありますか?
故意や過失によって鉄道会社に損害を与えた場合、損害賠償責任を負います。民法709条でも故意または過失によって他人の権利・利益を侵害し、損害を与えた場合の賠償責任を定めています。
たとえば、線路内への立ち入りなどで列車の運行を妨げ、鉄道会社に損害が生じたケースなどです。ただし、電車を止めたからといって、必ず高額な賠償金を支払うわけではありません。事故の状況や過失の程度、実際の損害額によって賠償額が決まります。
ー故意に電車を止めた場合と、誤って転落した場合などでは、責任の重さは変わりますか?
故意に電車を止めた場合は、本人の責任が重くなります。 たとえば、電車を止める目的で線路内に立ち入るなど、意図的に運行を妨害したケースです。一方、駅のホームから誤って転落した場合は、転落に至った経緯や本人にどの程度の過失があったかによって判断することになります。
刑事上でも、故意に往来の危険を生じさせた場合(往来危険罪刑法125条1項)は2年以上の有期拘禁刑であるのに対し、過失による往来危険罪(同129条1項)は30万円以下の罰金(その業務に従事する者が犯した場合には、3年以下の拘禁刑又は50万円以下の罰金同条2項)と刑罰の重さが異なっています。
ー鉄道会社が請求できる損害には、どのようなものがありますか?また、賠償額はどのように決まるのでしょうか?
事故によって鉄道会社に実際に生じた損害が、賠償の対象となります。たとえば、車両や設備の修理費・点検費や振替輸送費など事故対応にかかった費用などです。列車の運行が大幅に乱れた場合は、運休や遅延によって生じた損害(失われた売上など)も対象となります。
賠償額は、事故との因果関係や実際に生じた損害額を踏まえて決まるため、「電車を止めたら1000万円」というように一律ではありません。
ー事故やトラブルを発生させてしまった場合、本人や家族はどのように対応すればよいでしょうか?
まずは鉄道会社や警察の指示に従い、事故が起きた状況を正確に記録してください。
鉄道会社から損害賠償を請求された場合は、請求額だけでなく、内訳や事故との因果関係も確認しましょう。高額な請求を受けた場合や責任について不明点や疑問がある場合は、すぐに支払いを約束せず、弁護士に相談してください。
◆齊田貴士(さいだ・たかし) 弁護士
中央大学法学部を卒業後、神戸大学法科大学院を修了。東京高等裁判所の裁判所事務官を経て司法試験に合格し、司法修習を経て弁護士となる。現在はベリーベスト法律事務所に所属し、幅広い分野の案件を取り扱う。