大河ドラマ「豊臣兄弟!」第25回は「変事の予兆」。小栗旬演じる織田信長による重臣追放が描かれました。天正8年(1580年)8月、信長は重臣の佐久間信盛を突如、追放します。「信長公記」(信長の家臣・太田牛一が著した信長の一代記)には、信長は信盛追放の理由を長々と書状に記して申し渡したとあります。信盛は大坂の石山本願寺攻めのために天王寺砦に5年間も在城していたが、その間「善悪の働きこれなき」ということがその最初に記述されています。つまり、佐久間父子(信盛・信栄親子)は本願寺討伐に何の功績もないというのが信長が最も不満に思っていたことなのでしょう。
佐久間父子に功績がないことを「世間」の人々も不審に思っていると信長は説いてもいます。そして、父子に武功がないということは「我々」も思い当たるところであり、それは「言葉にも述べがたき事」だと信長は信盛を激しく非難するのです。2カ条目もそれに関連することであり、信長は信盛は次のように非難します。信盛は大坂(石山本願寺)を「大敵」と考えて、武力を用いず、調略もせず、ただ「居城」の守りを固めてさえいれば、相手は僧侶であるので、いずれは「信長」の威光を恐れて退却していくと考えていたのでは言うのです。
しかし「武者道」というものはそのようなものではないと信長は断言します。勝敗の機を見極めて一戦を遂げることが極めて重要だと主張するのでした。明智光秀や羽柴秀吉、池田恒興、柴田勝家らはそれぞれ目覚ましい働きをしているのに、お前は何だと信盛を責めるのです。信長が信盛を家中から追放した理由を見ていくと、信長の合戦観や「武者道」認識というものが見えてきます。信長は何の働きもせずに、じっと構えているだけの家臣が大嫌いだったのでした。
(主要参考文献一覧)
・池上裕子「織田信長」(吉川弘文館、2012年)
・桐野作人「織田信長」(KADOKAWA、2014年)
・濱田浩一郎「秀吉と秀長 天下統一の軌跡」(内外出版社、2025年)