“昭和歌謡”を象徴する1曲「真夏の出来事」で知られる歌手・平山みきは「黄色」をトレードマークとして活動してきた。そのこだわりは衣装だけでなく、電化製品にまで及ぶという。ところが、その「黄色」に“異変”が生じているというのだ。果たして、それは?…ということで、都内でライブを行った平山に話を聞いた。(文中敬称略)
「真夏の出来事」は平山三紀名義での2枚目シングルで、作詞は橋本淳(86)、作・編曲は筒美京平(2020年死去、享年80)の黄金コンビが手がけた。歌謡曲というジャンルにこだわらず、近田春夫プロデュースのアルバム「鬼ヶ島」(82年)では当時隆盛だったニューウェーブ的なアプローチをしつつ、芯の部分は不変だった。一度聴いたら忘れられないハスキーボイスは唯一無二。その後もポップス、ジャズと多彩な音楽性で存在感を発揮してきた。
そんな平山が1926年(元年)からの〝昭和100周年〟となる2026年の〝ゴーゴーダンスの日〟5月5日に東京・鶯谷のライブ会場「東京キネマ倶楽部」で開催されたイベント「Tokyo A GoGo」に3年連続で出演。楽屋での取材時に「黄色」へのこだわりを語った。
「黄色の服は何十年も着ています。占いで『黄色があなたのラッキーカラー』と出たので決めたんです。その時、悩んでいたんだと思う。服だけでなく、黄色の電化製品もいっぱい集めていて、ネット通販で『イエロー 電気のお鍋』で検索すると、小さい中国製の鍋が黄色だったので買ったら、コンセントも中国製で、それを使うために日本のコンセントにつなげるものを買いに行ったりして(笑)。それで焼けたんだけど、いい感じの目玉焼きができなくて、今は置いたままコレクションになっています。機能としてはよくなくても、色がイエローというだけで買っちゃう。ソファーも黄色にしています」
その一方、平山は「最近、不景気だから、黄色のものがないんですよ」と切り出した。「洋服もそうですけど、電化製品の黄色もない。昔はいっぱいありましたよ、黄色の電化製品。それが、今は白とか黒とかで…」。その因果関係について、記者が「オーソドックスで無難な色ではない『黄色』で遊ぶ余裕や冒険がないということですか?」と問うと、平山は「そうです」と即答。「黄色だと私みたいな人は買うけれども、売れ残るわけで。だから、売れ残りの所に行ったら面白いものがある(笑)。こんなの見たことないというものがあったりします」と付け加えた。
ステージも黄色の衣装で登場。イベント主催者である平成生まれの女性ダンサー・踊るミエ(29)に紹介され、「55(ゴーゴー)」の日にリリースから55年となる「真夏の出来事」(1971年5月25日発売)を熱唱した。さらに、平山は「私の歌を(この)1曲しか知らない人もおられると思うんですけど、他にもいっぱい出ていて、その中からミエさんがリクエストしてくださった、レコーディングの時にしか歌っていなかったレアな曲」として、ロック調の隠れた名曲「月曜日は泣かない」(72年)と「心のとびらをノックして」(71年)を歌い上げた。続いて海外曲のリメイク版「太陽の下の18才」、最後に横浜のバンド「斉藤ネヲンサイン」と共にデビュー曲「ビューティフル・ヨコハマ」(70年)で締めくくった。
平山は「このイベントも最初の回からすごく大きくなって、『ミエさん、頑張ってるな』という親心からうれしく思います。筒美先生、橋本先生のお二人が私を見つけて作ってくださったデビュー曲も56年前の歌なのに古い感じがしない。私の歌を初めて聴いた若い人が“新人”だと思って友だちに聴かせたら『え、平山みきじゃん』って言われたという話もあって、すごく面白いし、うれしいですね。私たちの時代のものが今の人にも受け入れられていることが、今も歌っていられる糧になっています」と前向きだった。
東京出身だが、結婚を機に移住した京都に根を下ろした。東日本大震災の被災者に向けたチャリティーイベントを2011年以来、毎年12月に京都市内で開催している。
「私は東京の人ですけど、毎年クリスマスのイベントを京都の商業施設で15年続けて、京都の人も受け入れてくださった」。東京に「帰る」ではなく、「行く」「来る」という感覚になって久しい。平山は「東京に来るとホテル(泊まり)ですからね。息子が京都で旅館をやっているということもあり、京都に住んでいます。お墓も京都に作ろうと思っています」と明かした。
8月には喜寿を迎える。今後も古都を拠点に、トレードマークの黄色い衣装で発信を続ける。