会社員のAさんは、上司との関係に絶望していた。誰もいない会議室に呼び出されては「給料泥棒」「辞めてしまえ」といった人格を否定する罵倒を浴びせられる日々。精神的に追い詰められたAさんは、ある日ポケットの中でスマホの録音機能を起動させた。
「これで証拠が掴める」と考えたAさんだったが、それと同時に「相手の許可なく録音することは犯罪にならないだろうか?」と疑問を抱く。自衛のための行動が、自分の首を絞めることにならないのだろうか。まこと法律事務所の北村真一さんに話を聞いた。
ー相手に知らせずにおこなう「秘密録音」は、犯罪(盗聴など)になりますか?
会話の当事者の一方が、相手の同意を得ずに録音する「秘密録音」は、原則として犯罪にはなりません。
よく混同される「盗聴」とは、第三者の会話を無断で傍受する行為を指します。ハラスメントの被害者が、自分に向けられた言葉を記録するために録音することは、自己防衛の一環として法的に許容されています。
ー裁判や労働審判において、無断で撮ったデータは「証拠」として認められますか?
有力な証拠として認められるケースがほとんどです。
民事訴訟において、著しく反社会的な方法(例えば他人の家に不法侵入して仕掛けたなど)で取得されたものでない限り、証拠能力は否定されません。特にパワハラは目撃者がいないことが多いため、音声データは「何よりの証拠」になります。
発言内容の暴力性や、叱責の時間の長さ、頻度を客観的に証明できるため、ハラスメント認定に役立ちます。
ー「無断録音禁止」を掲げている会社もありますが、処分を受けますか?
就業規則で「許可なき録音の禁止」が定められている場合、建前上は懲戒処分の対象になり得ます。また、上司からプライバシー侵害だと主張される可能性もゼロではありません。
しかし、パワハラという違法行為の証拠を確保するための録音であれば、その正当性が認められることが一般的です。ただし、録音したデータをSNSで拡散したり、無関係な同僚に聞かせたりする行為は、逆に名誉毀損やプライバシー侵害に問われるリスクがあるため、絶対に避けてください。
ー実際に録音する際、証拠としての価値を高めるコツや注意点はありますか?
前後の文脈がわかるように録音することが重要です。
上司がなぜ怒り出したのか、それに対して自分がどう受け答えしたのかという全体の流れがあれば、会社側から「編集されたものだ」「過剰に反応しているだけだ」といった反論をされにくくなります。また、録音を開始する際に「○月○日、○時、場所は会議室」と自分で小声で吹き込んでおくと、後から整理する際に役立ちます。
スマホをポケットやカバンに入れた状態だと、衣擦れの音で肝心の声が聞き取れないことがあるため、事前にマイクの位置を確認し、試し録りをしておくなど、慎重な準備を心がけましょう。
●北村真一(きたむら・しんいち) 弁護士
大阪府茨木市出身の人気ゆるふわ弁護士。「きたべん」の愛称で親しまれており、恋愛問題からM&Aまで幅広く相談対応が可能。