「そば」や「うどん」は「つゆ(出汁)」だけでなく、トッピングする「具」による呼称も東西で違いがある。特に知られるのは揚げ玉(天かす)や油揚げを乗せたメニューの名称だろう。その違いによって「注文したものと違う」とクレームをつけられた場合、どう対応すべきだろうか。「大人研究」のパイオニアとして知られるコラムニストの石原壮一郎氏がその対策を提言した。
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【今回のピンチ】
「たぬき蕎麦(そば)」を注文した関西弁のお客さんが、運ばれてきた丼を見て「お揚げさんが入ってないやないか!」とキレている。東と西で「たぬき」の定義が違うらしい……。
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あなたは、東京の下町で蕎麦屋を営んでいます。ある日、中年ビジネスマンが「まいどー」と言いながら来店。初めて見る顔ですが、どうやら関西人のようです。
注文を尋ねると「今日は冷えるよって、たぬき蕎麦もらおかな」とのこと。しばらくして「たぬき蕎麦、お待ちどうさま」と、揚げ玉をトッピングした蕎麦をテーブルに置いたら、いきなり険しい顔に。「たぬき蕎麦って言うたやろ!」とキレられました。「お揚げさんが入ってないやないか!」とも。
わけがわかりませんが、気弱な自分は、大声で怒鳴られると心臓が止まりそうになります。とりあえずは、怒りを鎮めたいところ。さて、どうしたものか。
実は、同じ「たぬき蕎麦」でも、東西では定義が違います。関東で「たぬき蕎麦」と言えば、蕎麦に揚げ玉が乗ったもののこと。ところが、関西の「たぬき蕎麦」は全然、別ものです。
関西、特に大阪では、お揚げを乗せたうどんを「きつねうどん」、お揚げを乗せた蕎麦を「たぬき蕎麦」と呼びます。「きつね蕎麦」や「たぬきうどん」は、ほぼないとか。ただし、店や地域によって違いはあります。
そんな背景があるとはいえ、いきなり怒られるのはあまりに理不尽。かなり頑固で頭が固いタイプのようですが、東京の蕎麦屋で関西の定義を押しつけられても困ります。
かといって「べらぼうめ!東京じゃこれがたぬき蕎麦なんだよ。この田吾作が。文句があるなら帰りやがれ!」と言い返したら、なおさら面倒な事態に発展するでしょう。そもそも、威勢のいい啖呵(たんか)を切る度胸があるなら、キレられてオタオタしたりはしません。
「いえ、あの、お揚げを入れたら『きつね蕎麦』になってしまうので……」と丁寧に説明しても、腹を立てている相手には、火に油を注ぐ効果しかないでしょう。
まずは、ビビりつつも、はっきりした口調で「えっ、これは『たぬき蕎麦』じゃないんですか!? ああ、私は蕎麦屋失格だ」と言って頭を抱えます。そのまま膝から崩れ落ちたら、なお良し。さらに「教えてください!本当のたぬき蕎麦とはどういうものなのかを」と詰め寄りましょう。「お揚げが……」と説明してくれたら、大げさにうなづき、最後は「勉強不足でした!」と頭を下げます。
「勉強不足」なのは、東京の「正しいたぬき蕎麦」を知らなかったお客に他なりません。そこをあえて、こっちが「勉強不足でした」と頭を下げることで、どんな反応をしてくるか観察するという楽しみが生まれます。
一応は相手を尊重しつつ、下手に出て対応しているので、気弱でもビビリでもできなくはないはず。何だかんだで事態が収まって、そのお客が店を出ていくときは、大きな声で「ありがとうございましー!」と、最後の「た」を抜いた挨拶で見送りましょう。「たぬき」の意趣返しってことで。