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大河ドラマ「豊臣兄弟」小栗旬演じる信長は秀吉の「仕官させて欲しい」との直訴を受け入れた理由とは 識者語る

濱田 浩一郎 濱田 浩一郎
小栗旬
小栗旬

 大河ドラマ「豊臣兄弟」第1回は「二匹の猿」。豊臣秀吉の弟・秀長を主人公とする「豊臣兄弟」がついにスタートしました。「豊臣兄弟」の中で2人が仕える主君・織田信長を演じるのは小栗旬さんです。秀吉の父は「弥右衛門」と言い『太閤素生記』(江戸時代初期の旗本・土屋知貞が纏めた聞書。秀吉の伝記)によると信長の父・信秀に仕えていたとされます(信秀ではなく、尾張国中村に近い清須の織田大和守家に仕官していたとの説あり)。

 織田家に足軽として仕えていた弥右衛門でしたが、戦場で負傷したため、郷里の中村に引っ込んで「百姓」に成ったというのが『太閤素生記』が記すところです。よって弥右衛門は元から百姓をしていた訳ではなく、当初は織田家の被官だったという説もあるのです。同説を踏まえるとすると、弥右衛門は貧しい百姓としてずっと人生を送ってきた訳ではないということになります。ただ百姓として生活をしていくのもなかなか難しく、また弥右衛門は秀吉が年少の頃に亡くなってしまいますので、そうなると秀吉の家は貧窮に陥ったものと推測されます。

 弥右衛門は天文12年(1543年)に死去しますが、その後、秀吉は中村を出て諸国を放浪し、最終的には織田信長に仕えることになるのです。秀吉が信長に仕えた時期については諸説ありますが、『太閤記』(江戸時代初期の儒学者・小瀬甫庵による秀吉の一代記)は永禄元年(1558年)9月だったとします。同書によると、秀吉は信長に「お仕えしたい」ということを直訴したとのこと。その時、秀吉は父も織田家に仕えていたという話を持ち出しています。秀吉は父の縁もあって、織田家(信長)に仕えることになったと言えるでしょうか。秀吉の直訴を受けた信長は「まるで猿のような顔をしておるが、気が利いて仕えそうな男だ」と言い、仕官を許したと言います。信長は秀吉の性質を見抜いたと言えるでしょう。「英雄は英雄を知る」とはまさにこの事でしょう。

(主要参考文献一覧)
・桑田忠親『豊臣秀吉研究』(角川書店、1975年)
・桑田忠親『桑田忠親著作集』第五巻(秋田書店、1979年)
・桑田忠親編『豊臣秀吉のすべて』(新人物往来社、1981年)
・新人物往来社編『豊臣秀長のすべて』(新人物往来社、1996年)
・藤田達生『秀吉神話をくつがえす』(講談社、2007年)
・渡邊大門『秀吉の出自と出世伝説』(洋泉社、2013年)
・柴裕之編著『豊臣秀長』(戎光祥出版、2024年)
・柴裕之『秀吉と秀長「豊臣兄弟」の天下統一』(NHK出版、2025年)
・濱田浩一郎『秀吉と秀長 天下統一の軌跡』(内外出版社、2025年)

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