声優の坂本千夏さんは1982年のデビュー以来、数々の名作アニメのメインキャラクターを演じてきた。声優屈指の歌唱力、楽曲の幅広さを誇ることでも知られている。このほど、坂本さんが主人公らんぽうを演じたギャグアニメ「らんぽう」(1984年、フジテレビ系)が、9月27日に最終回放送から40年の節目を迎えることに際し、アニメソング屈指のロックナンバーとして知られるオープニング主題歌「ワープ・ボーイ」の思い出を聞いた。
坂本さんは「となりのトトロ」草壁メイ、「キャッツ・アイ」来生愛、「キャプテン翼」あねご(中沢早苗)、「それいけ!アンパンマン」てんどんまん、「美少女戦士セーラームーンセーラースターズ」夜天光(セーラースターヒーラー)など、数え切れない人気キャラクターを演じてきた。元気のいい男の子、女の子、活発だが少しはかなげな少女と、キャラクターの幅は広い。
歌い上げた楽曲も幅広い。初めて主人公を演じた「フクちゃん」(1982年)の主題歌「ぼく、フクちゃんだい!」のような童謡調、「ここはグリーン・ウッド」(1991年)の主題歌「ノーブランド・ヒーローズ」のようなニューミュージック系、そしてロックナンバー「ワープ・ボーイ」ではアニメファンの記憶に残る超絶シャウトを披露した。
坂本さんは「ラジオの公開録音では朝の8時くらいから歌っていました。元気だったんだよね」と当時を回想し、レコード会社で行われた「らんぽう」の制作会見を「本当は違う方が担当すると聞きましたが、私が会見中に『歌いたい。歌わせて』とお願いしたんです」と振り返った。作曲はロックバンドSHŌGUN時代に「男達のメロディー」「BAD CITY」で一世を風靡し、2009年に死去するまで音楽業界で存在感を示したケーシー・ランキンさんが担当していた。「ケーシーの家で打ち合わせをしました。(収録では)私は力をセーブできないので、ただガンガンに歌っていましたね」と語った。
坂本さんは小学校4年生の頃、親戚の結婚式で水前寺清子「いっぽんどっこの唄」を歌い、お礼としてお小遣いをもらったことをきっかけに歌にのめり込んだ。高校時代はバンドを組み、ヤマハのボーカルメイツでレッスンに励んだ。「当時の流行はフォークでしたが、FEN(在日米軍向けラジオ=現AFN)を聴いていて、ソウルが大好きでした」。アレサ・フランクリン、キャロル・キング、シンディ・ローパー、ジャクソン5らを愛聴。「結婚式に呼ばれたら『We are the world』を歌って、シンディの『wow wow』のパートも私が歌いました。民謡でも何でも、とにかく歌うことが大好きでした」と語った。
当時、ヤマハでレッスンを受けたのは、現在もゴスペル界をけん引する淡野保昌さんだった。今年も淡野さんの喜寿記念ライブに足を運ぶなど、交流は続いている。「譜面応募の当て込み歌手をする機会があって、時々ものまねをして遊んでいました。美空ひばりさん、カメラのキムラのCMの替え歌、童謡の『かわいい魚屋さん』を子供っぽい声で歌った時はウケましたね。ソウル系やジャジーな曲を歌うと、淡野先生に『分かるはずがないんだけどな』と首をかしげられたりしました」と、楽しそうに語った。
その後、劇団の養成所を経て、声優としてデビュー。当初から「歌う仕事は大好き」だった。歌唱力も評価され声優、そして歌手として活躍を続けた。「ワープ・ボーイ」では3段階のシャウトがあるが、テレビ版では最高音のパートはカットされている。ただ、熱心なファンの間で「ワープ・ボーイ」の評価は高く「(声優の)杉山紀彰くんからは、学生時代にコピーしていました、と声をかけてもらいました。とってもうれしかった」と笑顔を見せた。
ケーシー・ランキンさんとは、「ワープ・ボーイ」から20年以上を経て、一緒に仕事をする機会があった。「ディレクターだったケーシーは、私のことをすっかり忘れていました。すごくピリピリしていました。そこで私が『ワープ・ボーイ』を歌ったんですけど、と伝えると、急に優しくなったんです」。ともに印象に残る仕事だったのだろう。坂本さんは「今になって聴くと、頑張っていたなあと思います」としみじみ。現在でも歌えるのかと尋ねると「カラオケで歌う機会がありましたが、まだ大丈夫でした」と答えつつ「でも体の調子が少し変わって心配になりなした。ステージでずっとあの調子で歌うのは心配だけど、1曲だけなら大丈夫」と語った。取り上げた坂本さんの各曲はYouTubeでアップされている。その歌唱力に触れる機会はある。
現在は草壁メイ、てんどんまんを想起させる、子供らしい歌声が求められる仕事が多い。一方で米米CLUBの活動で知られるサクソフォーン奏者・織田浩司さんと縁があり吹奏楽コンサートに出演し、2020年のライブがコロナ禍で中止になった声優仲間の伊倉一恵と神代知衣とのユニット「GALLOP」の再開を模索するなど、精力的な活動を続けている。
坂本さんは「歌のお仕事は全部大好き」と笑顔を見せつつ「高音で歌うのも楽しいけれど、年齢に応じて低音を響かせるお仕事もやってみたいですね。私が低い声で歌うと『劣化だ』とか言われちゃうかもしれないけれど、今は低音が伸びてきて、男性のような声で歌うことができるようになりました。でも、あまりそこには需要がないんですよね」と少し寂しそうに語った。積み重ねたキャリアを大切にしつつ、新境地となる歌声を響かせる日を、坂本さんは心待ちにしている。