バンクシーはなぜ顔を隠すのか?推定40代後半、複数説も 作品が高騰する理由 映画公開で専門家が解説

北村 泰介 北村 泰介
バンクシー映画のポスターなどを背に、その魅力を語るアートディレクターのTOMOKAさん=東京・渋谷区の「BROADWAY DINER」
バンクシー映画のポスターなどを背に、その魅力を語るアートディレクターのTOMOKAさん=東京・渋谷区の「BROADWAY DINER」

 「バンクシー」という正体不明の芸術家についてのドキュメンタリー映画『バンクシー 抗うものたちのアート革命』が19日から東京と関西で公開される。英国を拠点に、街中の壁などにグラフィティ(落書き)を描き、美術館に自身の作品を勝手に置くといったゲリラ的な手法や風刺の効いた作風は20年以上にわたりファンを楽しませてきた。同作の日本初公開を実現した英国在住のアートディレクター・TOMOKAさんが来日し、よろず~ニュースの取材に対して、その魅力を語った。

 同作の冒頭では、あの歴史的な場面が登場する。2018年10月、競売会社のサザビーズがロンドンで開催したオークションで、バンクシーの作品「風船と少女」が約1億5000万円で落札された瞬間、額縁に仕掛けられたシュレッダーによって絵が裁断されるシーンだ。驚く人々の表情と共にそのニュースは世界中に発信された。

 日本では19年に小池百合子・東京都知事も絡んだ「ネズミ騒動」が記憶に新しい。都内の防潮扉に描かれた「傘を差したネズミ」がバンクシー作品ではないかと小池知事がツイート。肝心の作品は投稿前に撤去されていたため真偽は不明だが、02年頃に来日した本人が描いたという説は有力視されている。

 素顔は依然として謎のまま。そこがミステリアスで関心が高まる要因でもある。なぜ、バンクシーは覆面作家であり続けるのか。

 TOMOKAさんは「グラフィティ・アート自体が違法ですので、『顔を隠したい』ということが一番の理由です。見つかったら何か言われる、自分を守りたい…というところから始まったと思います。また、描いた本人が誰だか分からないことで話題作りにもなった。素性を明かさず、英国人独特のジョークで楽しんでいる部分もあると思います」と説明した。

 バンクシーの故郷・ブリストルは英国西部の港湾都市。ザ・ポップ・グループ、マッシヴ・アタックといった世界的に知られる先鋭的なバンドを輩出した音楽的な土壌と共に、美術面ではグラフィティ文化が街に浸透しているという。映画では、この街も映し出す。

 その故郷から世界各地の紛争地域に飛び込み、「武器を持たないアート・テロリスト」として国家による武力行使への抗議も行ってきた。03年にパレスチナの分離壁に作品を描いたように、昨年11月にはロシアの侵攻が続くウクライナを訪れ、首都キーウや近郊で7作品を制作。その1作が描かれた建物に住む女性は「目の部分だけを出すガスマスクのようなものを着けた白人の男性2人組が壁に絵を描いていた」と証言。この目撃情報のように、バンクシーには「複数人物説」もある。

 TOMOKAさんは「1人がアイデアを出して何人かが手伝っているとか、高い壁に描くので別の誰かが(脚立などを)押さえていることはあると思いますし、映画の出演アーティストにはバンクシーと一緒に描いた人もいて、そういう協力関係はあったと思います。ただ、実際のところは分かりません」と慎重に語りつつ、「彼が15歳くらいの時、1980年代後半からいろんな人とスプレーで描き始め、90年代はグループでの活動を経て、2000年代に1人で描くようになった。(推定年齢は)たぶん40代後半だと思います。あくまで、『たぶん』(笑)…ですけど」と示唆した。

 一方で、作品の高騰化が顕著だ。21年には、コロナ禍の医療従事者を描いた作品に続き、18年にシュレッダーで裁断された作品が「愛はごみ箱の中に」と改題されて、いずれも約25億円で落札された(2作で合計約50億円)。権威に背を向けてきた本人には、その反骨精神と相反し、ブランド化して商業主義に巻きこまれる懸念はなかったのか。そして、なぜ、そんなに高いのか。

 TOMOKAさんは「有名人が買うと値段が上がり、さらに富裕層が所有しようとして、また値段が上がっていく。その辺はバンクシーも複雑だったのではないかと思います。それで、作品をシュレッダーで切り刻むということをやったのかもしれませんが、それが逆に話題を集めてまた値段が(約16倍も)上がった。もしかしたら、バンクシーの企みだったのかもしれないですが、私たちには分からないこと。ただ、そういう議論をして楽しむというチャンスを与えてくれたことにはなると思います」と解説した。

 顔を見せない本人に代わり、多くの関係者による証言で構成された同作は、東京ではヒューマントラストシネマ渋谷、シネ・リーブル池袋、アップリンク吉祥寺、関西ではシネ・リーブル梅田とアップリンク京都でいずれも19日から上映され、その後も全国順次公開予定。TOMOKAさんは「今まで知らなかったバンクシーの全貌を知っていただける作品かと思います」と期待を込めた。

 バンクシー作品は街で「発見する」もの。スクリーンでも新たな発見があるかもしれない。

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