Twitterアプリで「トランスジェンダー 銭湯」と検索をすると日々巻き起こる議論が見られる。熱い議論、銭湯だけに。
そんな温度の高い議題に真っ向から切り込んだ催しが、昨年11月に1日限定で開催されたのをご存じだろうか。LGBT(特にトランスジェンダー)に向けた銭湯「虹色銭湯」だ。性別に違和感がある人が水着などを着用して心の性の風呂に入ることができる。性別を移行中などで身体を見られたくない人への配慮から更衣室にはパーティションを設け、悪意のある人を防ぐため事前申し込み制などを取った試みは多くの当事者と応援者により遠方からの参加者などが訪れ成功した。
イベントを開催した兵庫県尼崎市の蓬莱湯は、音楽イベント、落語、哲学を語るイベントなどを定期的に行ってきた先鋭的な銭湯である。LGBTなどのジェンダー問題にもさぞ前向きだったのかと思いきや……
「ついこの前まで全く理解ができなかったんです。ここ1年でLGBTに対しての認識が大きく変わってきました」そう語るのは、蓬莱湯の女将の稲里美(いなさとみ)さん。
どういう経緯でイベント開催に至ったのか、なぜLGBTへの理解が深まったのか。話を聞くと、トランスジェンダーやLGBTの権利を無闇に守りたいのではなく、地域との共生とのバランスを見ながら思慮深く行動していることが分かってきた。
稲さんがLGBTについて考えるきっかけになったタイミングは3つある。
1つめは、セクシュアルマイノリティの団体から「お風呂に入るイベントを開催したい」という連絡があったこと。
「LGBTを知らない状態でイベントを開催するのは無責任だと感じたので断りました。ただ正直言うと、LGBTを理解しようとしない前時代的な考え方を持っていました。いわゆる、親からもらった身体を……みたいなやつです」
2つめは、旧知の友達が男性から女性の格好になっていたこと。今まで別世界だったLGBTが身近に感じられたそう。ここで勉強の必要性を感じたらしい。
そして最後のきっかけが、昨年に偶然近所の施設でトランスジェンダー女性と出会ったことだ。反射的に「LGBTについて知りたいんです」と勇気を出して伝えると話が弾み、尼崎にあるLGBTの団体「MixRainbow」を紹介されたのだという。
「LGBTを全く知らない状態だったので、失礼な事を言ったかもしれません。ただ、そこで出会った人は皆優しく教えてくれました。最初は単に勉強という感じで臨んでいましたが、話す中で辛い現状なども知るところとなり、徐々に理解が深まっていきました。性別を変える事に対してこちらの普通を押し付けるのも違う事だと思えるようになってきましたね」
話の中で「災害などの有事に入浴できない可能性がある」など考えた事もない視点もあった。銭湯関係者としても、無視は出来ないと思ったという。
会話の中で当事者がお風呂に入るイベントをする案が出て、11月の定休日に1日だけ開催が決まった。
「皆さん、とても気持ちよさそうで嬉しかったです。大きなお風呂に入ってる時だけは、嫌なことを忘れられるんです。性別の悩みも一瞬忘れて、とにかく安らいで欲しい」(稲さん)
イベント自体は成功だったが、賛否はあった。そして稲さんも現時点では全てを受け入れられないという。
「世の中、まだまだLGBTを理解できない人も多い。大多数のお客様の居心地を損なうような方法では開催したくないです」(稲さん)
本来、銭湯は全ての人を受け入れなくてはならない商売。一方で、既にいる人たちの居場所も守らないといけない。バランスを取るのが困難だった。
告知後には「男が女になって、女が男になるイベントをするのはけしからん!」「差別に絶対屈しないで下さいね!差別は許しません!私はあなたを応援しています!」という正反対の意見の電話があった。
「応援は嬉しいのですが、攻撃的という意味ではどちらも同じような雰囲気でした。こういう問題は、時間をかけて慎重に行わないといけない。偶然出会った人たちが穏やかに話せる人たちで良かったです」(稲さん)
今、虹色銭湯は日本でただ1ヶ所、蓬莱湯で年1回しか開催されていない。
「尼崎の人が蓬莱湯ではじめた乙女温泉(乳がん患者がお風呂に入るイベント)も、今は全国に広まっています。トランスジェンダーの虹色銭湯も時間をかけて、広まるかもしれませんね」(稲さん)
なお、今年の秋にも第2回目となる虹色銭湯を開催予定とのこと。MixRainbowのホームページから予約を行うようなので、気になる人はぜひ確認して欲しい。
特定非営利活動法人MixRainbow®︎:https://www.mixrainbow.jp/