“レストランは戦場だ!”と気づいた映画の一つに『ディナーラッシュ』があります。表舞台は一見、品良く、笑顔が所々に花開くものの、裏舞台は時間に追われ、食材不足や料理人達の体育会系さながらの罵倒さえ飛び出す。そんな特殊空間であるレストランを全編カット無し、編集無し、ワンショット90分で描いた映画が話題を呼んでいます。
本作『ボイリング・ポイント/沸騰』は、その斬新な手法から、本国イギリスの2022年度英国アカデミー賞(BAFTA)では4部門ノミネート、2021年度英国インディペンデント映画賞(BIFA)では最多11部門ノミネート、4部門受賞(助演女優賞、キャスティング賞、撮影賞、録音賞)をもたらしました。
撮影場所は実在するレストラン、監督は12年間シェフとして働いていたイギリス人俳優でもあるフィリップ・バランティーニ。2018年に撮影した短編“Boiling Point”が2019年度英国インディペンデント映画賞(BIFA)にノミネートされ、アメリカからも映画化のオファーが来たことから自ら長編映画を撮ろうと決断。その際に主演を務めた監督とは20年来の友人である『スナッチ』のスティーヴン・グレアムが続投し、本作の共同プロデューサーとして参加。その流れからか『スナッチ』にも出演したジェイソン・フレミングがグレアム演じるオーナー・シェフの昔の同僚でありライバルシェフを熱演しているのも映画ファンとしては楽しみどころ。
なによりこのプロジェクトが成功した背景には、フィリップ・バランティーニの俳優とシェフという実績による登場人物の緊張と動揺を描いた脚本と、被写体と息の合ったカメラの歩みや次にどの人物に焦点を当てるかを想定し尽くしたカメラワークにあるのではないでしょうか?そんな撮影カメラマンを務めるのは短編製作時に監督にワンショットを提案したマシュー・ルイス。結果、全俳優はNGを出せず、セリフとアドリブで演技を埋め、観客は次に誰の本音や戸惑いを目にするのか最後まで気を抜けないというスリリングな画に。
物語のレストランスタッフには黒人からゲイ、妊婦、新人、アルコール中毒やドラッグ依存まで給料の安さから様々なストレスを抱えた人々が集まっています。そこにやってくる客もYouTuberグループから騒がしい女性グループ、プロポーズを企画しているカップル、グルメ評論家、更にはアレルギーを持つ客まで様々。人々の私利私欲、更には個人の問題が蠢(うごめ)くレストランというワンシチュエーションの中で、全員に見せ場があり、それぞれの立場を知ることで見えてくる社会問題をセンセーショナルな展開で魅せる群像劇。その根底には、人間関係の構築と他者の背景を知ることで危機は時に回避出来るという監督からのメッセージが秘められているのです。