ある日、投資好きだった80歳の父が亡くなった。父は長年株式投資を楽しんでおり、最近ではもっぱらNISA口座を使って株や投資信託を買い続けていた。どうやら「非課税だから、長く持ち続けた方が得だ」と考えていたようで、中には大きく値上がりしている銘柄もあるようだ。
そんな父の息子であるAは、「相続の際は売却せずに、NISA口座をそのまま引き継いで非課税で運用を続けたい」と思っていた。しかし実際には、父の死によってNISAの非課税扱いは終了し、資産は課税口座へ払い出されてしまう。相続の場面で初めて突きつけられたこの現実に、Aは驚きを隠せなかった。
実は、同じように「NISAはそのまま相続できる」と考えている人は少なくない。NISA口座は相続できるのかや、非課税のメリットは元の持ち主の死後も残るのかなど、意外と知られていない問題について、ファイナンシャルプランナーの橋本ひとみさんに聞いた。
NISAの非課税は相続で消える――誤解しやすい“落とし穴”とは
― NISA口座を相続した場合の取り扱いについて教えてください。
NISA口座で保有していた株式等については、被相続人の死亡時点で非課税扱いは終了し、相続人名義の課税口座へ移されます。
また、相続税は死亡時点の時価で評価されます。売却せずに株式等の状態で相続することもできますが、その際の取得価格は「被相続人が購入した価格」ではなく「相続時点の時価」となることは留意しておく必要があるでしょう。
― 実務上、誤解やトラブルが多いのはどのような点でしょうか?
やはり「NISA口座ごと引き継ぐことができる」と考えている人が多いことです。他にも、被相続人さんの資産状況を把握されていないケースはよくあります。NISA口座は1金融機関でしか開設できませんが、特定口座は複数の金融機関で開設できます。
投資は情報がとても大事なため、複数の証券会社で取引をしている投資家は少なくありません。そのため、家族が全てを把握していないこともあり、次から次へと取引証券会社が明らかになり、手続きに翻弄されていたケースがありました。
― 被相続人が元気なうちにできる予防策にはどんなものがありますか?
生前に資産内容を一覧化し、家族と共有しておくことが最も有効であり、やっておくべきでしょう。複数の証券会社に口座がある場合は、ご遺族の手続きのことを考えると整理しておかれるといいと思います。
相続人に投資経験がない場合、安い・高いの判断が難しいと思うので、売却しない方がいいものは最低限共有しておくと良いのではないでしょうか。
また相続人だけでなく、被相続人自身も、NISA口座のまま相続できないことは理解して頂く必要があります。投資と相続は別々に語られることが多いですが、実際には深くつながっているものです。
元気なうちから準備しておくことが、残された家族へ重荷を残さない優しさと言えそうです。
◆橋本ひとみ(はしもと・ひとみ)
銀行勤務12年を経て、現在は複数企業の経理代行をおこなう 。法人営業や富裕層向け資産運用コンサルティングの経験に加え、ファイナンシャル・プランナー、宅地建物取引士の資格を持つ。