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レゲエの巨匠とギャラ300円漫才師の意外な接点 楽屋に差し入れたマロングラッセ、炉端焼店で打ち上げ

北村 泰介 北村 泰介
ジャマイカが生んだ世界的なレゲエ・ミュージジャン、ジミー・クリフさん
ジャマイカが生んだ世界的なレゲエ・ミュージジャン、ジミー・クリフさん

 レゲエ界の巨匠ジミー・クリフさんが24日に81歳で亡くなったことが公式フェイスブックやインスタグラムなどのSNSを通して家族から発表された。主演映画「ハーダー・ゼイ・カム」(1972年)は主題歌と共に今も色あせない名作となり、「遥かなる河(メニー・リヴァース・トゥ・クロス)」(69年)など数々の名曲を世に出したクリフさん。2010年にはロックの殿堂入りを果たしたレジェンドだが、日本のお笑い芸人との意外な接点があった。

 その芸人とは、80年の漫才ブームをけん引した「B&B」の島田洋七だった。13年の夏、「島田洋七のこんな人生でゴメンね」と題したデイリースポーツ連載コラムのため、在住する佐賀から仕事で上京するタイミングに合わせて何度か本人を取材した。盟友のビートたけしをはじめ、ベストセラーになった著書「佐賀のがばいばあちゃん」で知られる祖母のエピソードなどを聞いていく中、突然、「ジミー・クリフ」が登場して驚いたことを覚えている。

 島田洋八との漫才コンビ「B&B」が東京に拠点を移してブレークする前の話。大阪で活動していた78年のことだった。

 「『ザ・ぼんち』のまさと(里見まさと)に誘われて大阪城に遊びに行って、(大阪城公園の屋台前で)たこ焼きを食うてたら、毛布みたいな服着て、髪に何カ所も輪ゴムみたいなのを巻いた黒人を見かけたんや。通訳の人が俺らのことを『ジャパニーズ・コメディアン』と紹介してくれてね。ジャマイカのレゲエという音楽をやっとる人で、『大阪のフェスティバルホールでコンサートをやるから来い』と言うんや。そのホールは相当の大物がやるとこやったから、びっくりして名前を聞いたら、ジミー・クリフという人やった」

 洋七は約束通り、ライブ会場に足を運んだ。「差し入れにマロングラッセの箱詰めを買って行ってね。漫才1回のギャラが300円の時に、4000円のグラッセでっせ!受付で『ジミーさんに会いに来た』と伝えても相手にしてくれへん。そこへ(先日会った)通訳さんが通りかかって声かけたら楽屋に入れてくれた。それから演奏も聴かせてもろた。音楽は詳しくないけど、教会のピアノみたいなやつとか、太鼓とか、すごかったわ。初めて聴くレゲエって、こんなんかと」

 クリフさんのために大阪公演の打ち上げの宴席を設けた。「コンサートが終わって、ジミーさんに何かお礼せな…いうことでね。やっぱり、日本ぽい店がええな…いうことで、当時、はやってた炉端焼き屋に連れて行ってん。こちらのおごりやと。漫才1回のギャラが300円の時に!しつこいけど(笑)」

 クリフさんは飲食代をはるかに上回る大金を渡したが、必要な分以外は受け取らなかったことで感心されたという。「一行は翌日、伊丹空港からチャーター機で帰って行かれた。それから、俺もレコード屋でジミーさんのLPを手にして、ほんま、すごい人やったんやなと実感した。後にジミーさんから『ジャマイカで牧場やってる』ってハガキもらったよ」

 ジャマイカが生んだ世界的なミュージジャンと大阪で下積み生活をしていた漫才師との一期一会。重なり合うはずのないような境遇の2人に、まるで映画の一コマのような〝交差点〟があった。

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