プラーズがヒップホップグループのフージーズを脱退した。最近、メンバーのローリン・ヒルを、2023年のツアー短縮と今年の「ミスエデュケーション・アニバーサリー」コンサート・シリーズ中止をめぐる詐欺と契約違反で訴えていたプラーズは、フージーズでの活動は「終わった」としている。
フージーズはローリン、プラーズ、ワイクリフ・ジーンの3人組だった。プラーズは現在、マレーシアの政府系ファンド「1MDB」から45億ドル(約6760億円)が略奪された汚職スキャンダルで10件の有罪判決を受け、量刑の判決待ちのため国際的な渡航を禁止されている。フージーズはプラーズ抜きでヨーロッパ・ツアーを行なう予定だ。プラーズは最大で懲役20年の量刑を言い渡される可能性がある。
今週発表された「バラエティ」誌のインタビューでプラーズは、フージーズについて「もう終わりだ」とコメント。「彼らはヨーロッパに(ツアーに)行くんだ。それが現実だ」「そんなエネルギーを人に与えることはできない」としている。
訴訟の中でプラーズは、ローリンが2023年のツアーの「準備、マーケティング、予算管理を著しく誤った」と非難している。「実際は自分自身のために大金を稼ごうとする、ベールに包まれた悪巧みだった」と主張。ローリンがツアーの「受託者義務違反と監査拒否」をし、「不必要な、おそらく架空の経費で肥大化し、赤字になるように設計された」予算を管理した後に、ツアー後半を「突然」キャンセルしたとしている。
また、ローリンが出演料500万ドル(約7億5000万円)でフェス「コーチェラ」からオファーがあったものの、ノー・ダウトがヘッドライナーを務めることから「自尊心を傷つけられ」メンバーと相談せずそれを断ったと非難している。
この訴訟に対し、ローリンの弁護士ハワード・キング氏は、「嘘と意図的な中傷が満載」だとコメントしている。ローリンは1994年にフージーズのメンバーとしてデビュー。98年にソロデビューし、アルバム「The Miseducation of Lauryn Hill」が大ヒット。99年にはグラミー賞で5部門を制覇した。04年からフージーズとしての活動を再開させていた。