4月、新入社員と接する季節がやってきた。コロナ禍も落ち着きつつある昨今、飲食店で席を共にする機会もありそうだが、「飲みたくないから」とドリンクを注文しない若者と対面した時、先輩や上司としてどう対応すればいいのだろうか。ここで強要すれば「パワハラ」「アルハラ」などと問題になる時代である。「大人研究」のパイオニアにして『大人養成講座』など多くの著書を世に送り出してきたコラムニストの石原壮一郎氏(60)がその打開策を伝える。
◇ ◇ ◇
【今回のピンチ】
新入社員と会社近くの馴染みの飲み屋に。その社員が「僕は水でいいです」とドリンクを何も注文しようとしない。飲まないのは自由だが、同行者として恥ずかしすぎる……。
◆ ◆ ◆
世の中には多くの「暗黙の常識」があります。飲み屋さんに行ったら、たとえお酒は飲まなくても、何かドリンク類を注文するのが、客としての「当たり前の礼儀」に他なりません。客の側が礼儀を守ることは、心地よい時間を過ごすための必須条件です。
ところが、連れて行った新入社員が「水でいいです」と言い出しました。同行者としては、知っている店だけになおさら、居たたまれない恥ずかしさを感じずにいられません。なんせ「暗黙の常識」だけに、強要していいかどうかという迷いも生じます。
さてさて、微妙だけど、けっこう厄介なピンチに、どう立ち向かうか。
状況としては、そもそもこっちがおごるのが前提です。「もちろん、今日は俺が払うけど」と前置きした上で、
「こういうところでは、何かドリンクを注文するのが店への礼儀なんだよ」
こう諭してあげるのが、大人の役割という気はします。しかし、昨今のSNSやネットの論調を見ていると、そう言ったら激しい反発や恨みつらみを招きそうな気がしてなりません。完全にネットの弊害です。
「じゃあ、あとで俺が飲むから、とりあえずウーロン茶を頼もうか」
そう提案して、お店に対して義理を果たすという道もあります。
少しは気が楽になりますが、新入社員君としては、なぜそんなことをするのか意味がわからないでしょう。こちらとしても、今ひとつスッキリしないので、その後の会話もギクシャクした感じになりそうです。
このピンチを脱するには、正面突破というか、言うべきことをきっちり言うのが一番。その新入社員は「飲み屋では何かドリンクを注文するのが常識」というのを知らないだけで、きっと悪気も信念もありません。
居丈高に無知を責めるのは論外ですが、やさしく諭せば「あ、そうなんですか」と受け止めてくれるはず。最初から「やたらと凶暴に噛(か)みついてくるバカな若者扱い」するのは、その新入社員に失礼です。しかも、ここで教えなかったら、これからも同じことを繰り返すでしょう。世の中の「常識」を教えるのは、先輩や上司の務めでもあります。
ここで戦う相手は、その新入社員ではありません。幻想の「凶暴な若者像」に脅えて及び腰になっている自分自身の弱さです。
ただ、勇気を出して諭したはいいけど、
「えっ、そんなの意味わかんない」
「どっかに書いてあるんですか。書いてないなら注文する必要はないですよね」
そんな残念な反応が返ってくる可能性もなくはありません。その場合は「そういうヤツ」だったということで、今後は距離を取りつつ接しましょう。イチから叩き直してあげる義理はないし、たぶんもう手遅れです。