〝哲学芸人〟の読書会に潜入 「痛みを伴う笑い」タブー視きっかけに身体と生命の対立を読解

山本 鋼平 山本 鋼平

 〝哲学芸人〟マザー・テラサワ(39)が7年10カ月にわたり主宰する読書会に潜入した。テキストを掘り下げることに、お笑い要素を加える試みを紹介する。

 ナチズムを起点に政治哲学で実績を残したハンナ・アーレントに傾倒し、早稲田大学政治学研究科修士課程を経て芸人に転身したテラサワ。曇り空の秋、出演者とスタッフが計3人、受講者が3人という人員によって、読書会は公民会の和室を舞台に展開された。これまでニーチェ、バタイユ、サルトル、フーコーら偉大な哲学者、思想家のテキストに正面から向き合っており、この日は森岡正博「無痛文明論」を取り上げた。

 現早大教授の森岡が、大阪府立大教授だった2003年に発表した「無痛文明論」。テラサワはまず、同著をテーマにした理由を説明。BPO(放送倫理・番組向上機構)が〝痛みを伴う笑い〟を審議対象にしたこと、コント中に拳銃の発砲や猟奇的なシーンが登場した際、客席から悲鳴が上がる光景に違和感が生じたことを挙げ、「僕も『三匹の子豚』をモチーフにしたネタを行ったとき、途中で悲鳴を聞いたことがあります。現代人は痛みを肌感覚で知らず、見聞きしたこともない。痛みを減らすプロセスは相当根深い」と、芸人生活に関連した動機を語った。

 同著の背景として、雑誌「仏教」へ寄稿したエッセー調の連載が発端であることを説明すると、聞き手役の芸人仲間、しまだだーよ(スペースランド流星群)が「そんな雑誌があるんですね~」ととぼけた返答。これらのやり取りがユーモアの側面を生み出す。読書会は月に1~2回開催され、2014年1月にスタート。テラサワはしばらく単独で行っていたが、カントの「純粋理性批判」を4カ月連続で続けた際は途中で来場者がゼロに。そんな苦い経験を生かし、しまだだーよとのお笑い要素、映画や漫画作品を取り上げる回を織り交ぜながら現在の形をつくった。

 テラサワは「読みやすいのに自分の気持ちが苦しくなる。小乗仏教的で己に対して非常に厳しい」と感想を述べ「無痛文明論」を読み進める。自身の学生時代を振り返り、哲学を高尚に、倫理学を低俗に見る哲学界に対する違和感を掲げながら、生命の倫理学を掲げる森岡による同著で登場する「身体の欲望」と「生命の欲望」に言及。終末医療現場から出発する現代システム批判を紹介し、「家畜である生き方を求める『身体』から決別するのが『生命』。身体と生命は対立します。しかし、このおかしなシステムを少しでも暴き問いかける『生命の欲望』は、最後はどうあがいても『身体の欲望』に流されてしまうのです」と力説した。「厳しすぎませんか~」と嘆くしまだを尻目に読書会は進む。

 「身体の欲望」の特徴を、快を求めて痛苦を避ける、現状維持と安定、隙あらば拡大増殖、他人を犠牲にする、人生と生命を管理する、と同著に沿って列挙し、夫婦関係、セックス依存症、自傷癖、優生主義、安楽死などに切り込む。ぼうぜんとするしまだとのやりとりを入れながら、テラサワは「僕は中島みゆきさんの『ファイト』を聴きたくなりました。歌詞がとても本の内容に近いと思いました。無痛文明に縛り付けられている自覚を持ちながら、負い目を感じて生きるしかない。主体的に無痛文明に自分の身を投げていくしかない」と締めくくった。

 ぼうぜんとした様子から一変し、もうつき合ってられないよ、とばかりに露悪的に振る舞うしまだ。テラサワは「痛みをどう捉えるかという話でしたが、アシスタントのしまだだーよさんは居直りました。最も身近な人の説得が最も困難だというのを痛感した会でした。そして芸人としての生き方そのものの根幹を考えさせられる回でございました」と振り返った。

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